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鎮目恭夫「ウィーナーの神とフレーゲ=ラッセルのパラドクスをめぐって」
ウィーナー(著),鎮目恭夫(訳)『科学と神』(みすず書房,1965年6月刊)pp.105-110.

*「(訳者)解説−補足と批判を含めて」の一部
* 鎮目恭夫氏(1925〜 )氏:1947年,東大理学部物理卒、科学評論家


 まず、本書にしばしばでてくる神ということばについて一言したい。
 ウィーナー博士は、彼自身、神という観念をあえて拒否していないように思われる。ただし博士が暗に認めている神は、キリスト教徒の考えている神とはかなりちがっている。彼の思想は、'神とは人類の社会的産物である'と主張するマルクス主義ともかなり異なる。彼の死生観は、つぎのことばで端的に示せるかもしれない。「われわれは、個人として永久に生存することを望む必要がないのと同様、人類が永久に存続することを望む必要もない。しかしわれわれは、個人としても人類としてもわれわれが自分たちの内にもつ潜在的可能性を十分発揮できるほど長く生きることは望めよう」(邦訳『人間機械論』p.62)。要するにウィーナーの生きかたは、知的に誠実に事実を直視し、善悪の価値判断を事実の認識と混同させず、その上で人事を尽して天命を待つこと、またはサルトルの実存主義の態度に近い。
 ウィーナーが神ということばをことさら持ちだすのには、なかなか深い論理的根拠がある。彼自身は本書でも他の著書でもそのことにはほんのちょっとふれているだけで、とくに本書では冒頭でそういう問題に巻きこまれるのを避けたいと述べているが(p.1)、本書を多少とも深く理解するためには、やはりこの問題にもう少し立ち入ることが必要である。彼は本書でも他の著書でもあらゆる宗教に対し批判的であるが、その批判はマルクス主義者の宗教批判とは異なる視角からのものであり、かつ異なる論理的形式をもっている。
 本書のはじめのほう(pp.7-8)で著者は、神の全知全能という観念は論理的矛盾を含むものであり、それはフレーゲ=ラッセルのパラドックス群に属するものだと述べている。このパラドックス群が論理学的にみて単一のパラドックスに帰着されるものであるか否かについては今日でも数学的論理学者の間にいろいろな異論があるが、ともあれそれらのパラドクスの中で最も基礎的かつ明確なものは集合論におけるラッセルのパラドクスである。
 このパラドックスは、本書で著者が「教会の集まりにひやかしに出席した人がしばしば発する質問」と言って述べた矛盾(p.7)――言いかえれば、"矛盾"という漢語の根源である全能の矛と全能の盾の非両立性についての中国の故事が指すもの――を、数学的に定式化したものにほかならない。この論理的矛盾を回避するためにバートランド・ラッセルは本書に言及されている「階型理論」を提唱し、それにもとづいて数学基礎論の一流派である論理主義を創始したのだが、ウィーナー自身はこの問題を数学基礎論や数学的論理学の分野で追求することには乗りださず、別の分野で、数学者や論理学者とは別の角度から、同じ問題にぶつかることになった。
 ちなみに、ラッセルがこのパラドックスにはっきりぶつかったのは、彼がその伝記作者に語ったところ(アラン・ウッド『バートランド・ラッセル』)によれば、ホワイトヘッドとの有名な共著『プリンキピア・マテマティヵ』(1910-1913刊)の執筆にとりかかってからまもなくの1903年のことで、そのためこの共著の執筆は2年間ゆきづまってしまったという。この『プリンキピア』で樹立された論理主義の立場からの数学基礎論は、結局その後数学の分野では大して発展せず、むしろ哲学の分野で分析哲学と呼ばれる一群の流派を開くのに貢献したが、ラッセル自身はその後これらの分析哲学とも異質な道を進んだ。ラッセルの心の中ではこのパラドクスの発見によって深刻な転回が起こり、それを転機に彼の関心の重心は数学や論理学から倫理と政治問題へ転じたように思われる。ラッセルはごく若いころから社会問題に関心をもってはいたが、この転期以後は彼は自分自身の著作活動や政治的実践が自分の論理体系の枠にははまらない――またはむしろ、はまることを立証しえない――ことを承知のうえで倫理や政治の問題に本格的に取り組むようになったと思われる。後年ラッセルは、倫理的および政治的間題に関する自分の著作や発言は自分の哲学とは無関係だというようなことを言っているが、それは右のような意味と背景を含んでいると理解すべきである。
 他方、数学の分野では、ドイツの数学者ダヴィド・ヒルベルトがラッセルのパラドクスをラッセルとは異なるゆきかたで回避する道として公理主義の立場とよばれる数学基礎論を創始し、この路線がその後発展した。フォン・ノイマンはこの線にそって数学や物理学の発展に大きな貢献をした人だが、ラッセルのパラドクスを含む問題が公理主義の立場からはどんな仕方で処理されるかを示す1つの典型的な例は量子力学の論理構造に対するノイマンの取り扱いにみられる。今日の物理学の理論体系によれば、物理学的対象を観測すると、その対象の量子力学的状態がある予め不確定な(確率的にしか決定されていない)飛躍をするが、もしその観測者をも含めた物質系を外から跳めるなら、そのような不確定な飛躍は起こらないということになる。ノイマンは量子力学が樹立されてから聞もない1930年代初期にその理論構造を数学的かつ論理的に整備し、基本的にはそれが今日まで物理学の正統派理論として維持されている。そのノイマンの理論体系によれば、観測による対象の不確定な飛躍は、観測者の「抽象的自我」という非物理的な次元のものの導入によってはじめて起こることになっている。したがって観測者をも含めた物質系を客観的な物理的物質系として考える場合には、そのなかには「抽象的自我」は含まれないから、当然その物質系の運動には飛躍が起こらないことになり、このことは観測による飛躍とは矛盾しないことになる。
 このノイマンの理論を論理学的に考えてみると、要するに、観測者が観測する対象にその観測者自身をも含めるということは、集合論におけるラッセルのパラドックスに当然ぶつかることであるが、ノイマンは観測者自身をも含めた物質系を、その観測者の観測対象より一次元(一階型)高い存在であるとすることによって、ラッセルの階型理論と論理的に等価な仕方でこのパラドクスを回避したことになる。このようにしてノイマンは観測する主体と観測される客体との立体的(階型的)関係を理論の中にスッキリ組みこむことに成功したが、そのさい主体というもののもつ特性を一般的な観測者の自我という形に帰着させることによって、「今の私」という具体的な現実の主体――たとえばこういう理論を編みあげているノイマン自身の自我――を考察の外におしだしてしまった。量子力学の基礎問題に対するノイマンの以上のような処理法は、既知の種類の実験事実の範囲内で論理的に無矛盾かつ実証に耐える理論体系をつくろうとする態度において、典型的な論理実証主義的なゆき方である。
 さて、以上のようなラッセルの論理主義のゆきかたと、ヒルベルト、ノイマンの公理主義のゆきかたとは別に、政治と経済学の分野では、マルクスが半世紀前に、あとからみればフレーゲ=ラッセルのパラドックスが決定的に重要な役割りを占める問題――自分自身の社会的実践が自分を含む社会に無視しえない影響を及ぼす問題――に対して数学の枠にはまらない論理で取り組む道を開き、そのゆきかたがその後1世紀の世界情勢に最も大きな影響を及ぼした。これとくらべてヒルベルトやノイマンはそういう問題には最初から全く取り組まず、他方ラッセルはそういうへーゲル的論理(弁証法論理)は拒否したが、そういう問題(政治経済や倫理宗教に関する問題)にラッセル独自の大胆な仕方で絶えず取り組んだのだった。ただし、ラッセルの論理主義の線にそった彼以外の大部分の分析哲学者論理学者は、ノイマンを含む公理主義の数学者と同様に、数学的論理では歯のたちそうもないような問題にはかかわろうとしなかった。論理主義の論理と公理主義の論理は、数学以外の問題を扱うときには事実上同じようなゆきかたになる。それが狭い意味での論理実証主義にほかならない。
 これらの三つのゆきかたとくらべると、ウィーナーの態度はいわばその混合型であり、いずれの長所も弱点も兼ねそなえている傾向がある。彼が本書で現代物理学に関して「観測者はもはや客観的観測の単なる記録者ではなくなり、観測行動の内面に能動的に参与することになった。……これが論理実証主義を生みだしたのである」(p.95)と書いている点や、それに続く文脈で社会現象の取り扱いに計量的数学的方法を使おうとするさいの用心を強調している点や、しかし彼がサイバネティックスの視角から社会現象全般に並々ならぬ関心を注いでいた点などに、このことがうかがわれる。その彼が自分の世界観と人生観のなかに蔵していた一種の神というのがどんな特性のものであるかについては、この解説の最後の章で再びふれる。