ロマン・ロランからバートランド・ラッセルへの手紙 (1920.03.16)
* 出典:宮本正清・蝦原徳夫(共訳)『ロマン・ロラン全集 36 書簡IV』(みすず書房,1979年12月刊)pp.158-160.* ロマン・ロラン(Romain Rolland、1866-1944.12.30):フランスの作家で1915年にノーベル文学賞受賞。平和主義,反ファシズムを貫く。
1920年夏,ラッセルは,英国労働党の代表団に随行し,「期待を持って」革命後まもないロシアを訪問します。しかし,ロシアの現実は(革命直後とは言え)ラッセルの期待とはかなり離れたものであり,落胆します。帰国後ラッセルはボルシェビキ・ロシアの現実と理想との乖離について,率直に書き記し, The Practice and Theory of Bolshevism,(1920)として出版します。そうして,ロシアの現実について率直に書きすぎたために仲間内からも孤立することになります。
ここであげたロマン・ロランのラッセルへの手紙では,ロランの革命ロシアに対する期待がよく表れています。
社会主義も,国家主義や官僚主義と結びつくと,権力主義的となり,硬直化していきます。ラッセルは早くからこのままではソ連はもたないと予言をし,ソ連が崩壊することによってそれが証明されます。
とは言っても,ラッセルは資本主義体制が良いと考えているわけではなく,「人間の顔をした」「自由主義的な」社会主義(及び戦争の「出来ない」世界連邦)をめざしました。
ラッセルの『ボルシェビズムの理想と実際(現実)』(みすず書房版の邦訳書名『ロシア共産主義』)は名著であり,現在読んでも得ることろが多いだろうと思われます。(松下,2013.6.26)
私に大きな喜びを与えたあなたのご親切な訪問の記念として,一冊の小さな仮綴本(かりとじぼん)をお渡しすることをお許しください。その本は(稀な版ということ以外には重要性はありませんが),私の青春から,常に私の想像を引きつけた古代の偉大な夢想家 - アグリゲンツムのエンペドクレス(Empedocles,紀元前490年頃 ?-紀元前430年頃。古代ギリシアの自然哲学者)に関する一つの夢想です。
私はそれに「燈台」(Le Phare)という雑誌二冊を添えておきました。「統一労働学校」(l'Ecole du Travail unifiee)および「技術職業教育」に関するルナチャルスキーの報告が収められております。あるいはそれをご存じかもしれません。--(1919年11月1日の)第三号は,二冊所持しておりますので,お手許にお残しください。(1920年1/2月の)第5/6号はお読みになりましたらこ返送ください。
昨日の私たちの談話で,あなたがたは,われわれフランス人に比べて,国際的文化団体を必要とすることがはるかに少ないと感じました。なぜかというと,あなたがたのイギリスの大学は,すでに百科全書的であると同時に国際的であり,立派な知的集団の核だからです。それに,あなたがたの雑誌や新聞は外部から来る思想的示唆に対して(われわれよりも)ずっと開放的です。最後に,イギリス帝国は,すでに,本質的に,世界的であり,とくにアジア研究に関心をもっております。この研究は将来には,ますます大きな重要性をもつに相違ないと思われます。
私は,過ぎ去ったこの五年間に,信じがたい容易さをもって,ヨーロッパおよびアメリカの知的理解(l'intelligence)が離れてしまい,この分離の事実によって,実際的に,消滅してしまったことに,とりわけ驚きました。独立精神の人々,あなたや,アインシュタインや,クローチェのような人々が孤立してしまい,密閉された彼らの自国において闘うことを余儀なくされました。一種の常設国際事務局を,開戦直後に(それとも開戦直前に)中立国に設けたなら,認められた精神的権威によって,この災禍を防ぐか,あるいは弱めることができたのではないかと思われます。--この災禍と私が言うのは,戦争そのものではなく,戦争をいっそう怖ろしいものとし,ついにヨーロッパの思想全体を汚染させるにいたった有害な欺瞞の性格のことです。ただロシア人のみは,一九一四年から一九一七年まで,スイスで,重要な集団を形成しました。そしてそれは,現在ロシアを制し,世界を魅惑している革新的な思想を形成し,強化することに少なからず貢献したのでしょう。--私たちの主張はもっと慎み深いものです。国家的,社会的激動とあらゆる嵐のただ中で,晴朗な精神地帯を--自由で,同胞的な思想の光明が存続する空のささやかな一角を維持したいということです。それはわずかです。しかもそれはたくさんです。なぜかというと,それがなかったならすでに迷ってしまったであろう幾千の良心を救うに足りるからです。それは私たちが個人的にやろうと努力したことを言うのです。しかし,もしも私たちが活動のための共同センターを持っていたなら,私たちの活動はどれほど有効だったことでしょう!
それに,私はいわば,私の傾向に反することを申しております。なぜかというと,私は好みから言えば,都会や活動から遠く離れて,芸術のなか,自然のなかで生きることしか好まない孤独者だからです。もろもろの状況が払を強制したのですが,私はそのような状況をありがたく思っておりません。--しかし私は少なくとも,ヨーロッパとアメリカの若い「精神の働き手たち」と--(さらに他の国々の人たちと)--会合して,ともに論議し,できるなら,共同の事業や仕事に協力し,地平に高まりつつあるのが見える新しい大暴風に対抗する準備をするように勧め,援助を与える機会を増加させたいと思います。
長々と書きましたことをお恕しください。(この手紙を始めたときには,それを予期しておりませんでした。) バートランド・ラッセル様,愛情と深い共感のこもった私の気持ちをお受けください。
ロマン・ロラン