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[書評] 野田又夫「ラッセル(著)『宗教は必要か』」

* 出典:「上智大学新聞」1959年4月17日付掲載

* 書評対象:ラッセル(著),大竹勝()『宗教は必要か』(荒地出版社,1959年2月. 201pp./増補改訂版,1968年4月 245pp)
* 原著:Why I am not a Christian, and Other Essays on Religion and Related Subjects, 1957.
* (参考)『宗教は必要か』訳者あとがき

 ラッセルの宗教批判はもちろん主としてキリスト教に向けられている。この本のはじめの三つの論文「なぜ私はキリスト教徒でないか」「宗教は文明に有益な貢献をしたか」「私は何を信ずるか」が単純に率直にラッセルの論旨を示している。この主なものをひろってみよう。

 キリスト教の信条の中心的なものは、神の存在の信仰と、キリストの神人としての地位についての信仰とである。ところでまず神の存在についていえば、それの証明はすべて理論的には成立しない。存在詮的証明はもちろん、宇宙論的証明も、またいわゆる道徳的証明も成立しえない。ラッセルは別に新説をのべているのでなく、今までの哲学者の例にならって、上のことを再確認しているのである。次にユダヤ教やマホメット教と区別されたキリスト教の信仰の独特な点をなしている、イエスその人についての信仰については、ラッセルのやり方は、歴史的批評的にこの信仰を検討するというのでない。福音書に示されたイエスの言行に対してラッセル自身の遠慮のない意見をのべるのである。それによると、まず知的見地から見て、イエスが終末論的な世界観をとっていたことが客観的には誤っていた。次に、イエスが地獄というものを信じて悪しき者はそこに落ちると考えかつ行動したことが、実践的見地からラッセルの是認しえぬところなのである。イエスは愛を説きかつ行なったが、その愛は、罪と悪との憎みを裏にもち、悪を憎むという仕方で悪に対抗する態度を伴っている。この点では、悪を憎み呪う態度から遠かったソクラテスのほうが、イエスよりもまさっていた、とラッセルはいう。
 しかしながら、いわゆる「キリスト教」は、もちろんイエスのみずから説いたところをそのまま守っているのではなく、一つの社会制度の形で固定されたものであって、イエスその人において生き動いていた愛の精神から、はるかに遠いものとなっている。これはキリスト教に限らず、仏教でも同じであって(p.36)、制度化した宗教は、教祖の精神の反対物になってしまっていることがむしろ普通なのである。イエスは「裁くなかれ」といったが、世俗の権力者のみならず、キリスト教会自身が、人を裁き異端者を迫害することに熱心であったことは、歴史の示すとおりである。全体として見ると、キリスト教会は、すでに不変の真理の全体をみずから所有しているという考えをもってあらゆる知的進歩に敵対して来たし、また、真に人間の幸福をはかるのでないところの因習的道徳律を人々に課することによって、道徳的進歩の敵でもあった、とラッセルは判定する。とりわけ性道徳に関して今もなお、キリスト教は、多くの不合理と悲惨とを保存する方向にはたらいている。
 このようにラッセルはみずから厳格な意味で「キリスト教徒でない」といい、宗教は文明の味方であるよりも敵であったと判定するが、それでは彼みずからの信ずるところは何であるか。
「善い生活とは、愛に力づけられ、知識によって導かれた生活のことてある(The good life is one inspired by love and guided by knowledge)」
というのが、彼のモットーである。愛をヒューマニズムといいかえ、知識をもっぱら科学とすると、科学的ヒューマニズムということになるであろう。
 しかしラッセルは、科学を技術化して人間の幸福に役立てるという、現在すでに常識化し、かついろいろに批判される考えをぼんやり採っているのではない。科学や技術が人間の幸福のために使われるとは限らないことはいうまでもない。そこへ愛を、しかもラッセルのキリスト教批判から考えて、全く憎しみを含まぬ純粋な愛を結びつけることは、どうしてできるのか。
 この本の訳者は、ラッセルが一九〇三年に発表した有名な文章「自由人の信仰」をラッセルの他の本からとってきて付け加えた。この文章の中に、上の疑問に答える点が含まれていると思われる。(松下注:英国版と米国版とでは少し収録されている論文に違いがある。米国版には「自由人の信仰」が含まれており、結果的に、米国版に似通ったものになっている。)
 簡単にいえば、ラッセルは、科学的宇宙論がわれわれに示すところのこの世界、すなわち、人間の習性や理想に対して無縁な、「永遠に沈黙している宇宙」(パスカル)に面して、人間のおかれた状況が、まさに悲劇的なものであることを痛切に認め、そこから、同じ悲劇の訳者としての同胞の人間に対して、純粋な愛がわき出ると考えているのである。これは、歴史的にいえば、デカルトやパスカルが近世的宇宙論に対してもった状況の再現であって、いわゆる啓蒙主義のオプティミズムではない。このような生の悲劇感から、憎みを含まぬ愛、罪や地獄の信仰と不寛容とを脱却した愛が生まれることを、ラッセル自身は「一種の宗教的関心」に似た経験によって信ずるに至ったといっている(Russell, Portraits from Memory, )。この信念は、ラッセルをして「私はキリスト教徒でない」といわせたものであるとともに、「私は共産主義者でない」といわせるものなのであり、原子兵器(核兵器)に反対して強い警告を世の権力者に与えしめているものなのである。
 キリスト教および宗教一般についてのラッセルの批評に対しては、彼の批評が金面的否定を表明しているだけに、かえってたやすく反駁できると感ずる人が多いかもしれない。例えばイエスは「敵を愛せよ」といったではないか。また教会が文明の、例えば中世の文明の'敵'であったなどということは、むしろ奇説と感ぜられるであろう。しかしながらここで法廷弁論めいたことをくりかえしてもはじまらないという感じがする。私自身の感じではラッセルは彼の無遠慮なユーモアと皮肉とにかかわらず大抵の宗門人よりも、宗教をはるかに真剣にとっており、その意味では宗教的であると思われる。もっとも私もこの言葉に大してこだわるつもりはないが。