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バートランド・ラッセル(著),村上啓夫(訳)『社会改造の原理』

* 出典:『コール、ラッセル、ケルゼン』(世界大思想全集v.45/春秋社、1929年5月刊)所収
* 原著:Principles of Social Reconstruction, 1916.
* 村上啓夫(むらかみ・ひろお、1899-1969):翻訳家

訳者序文(村上啓夫、1929年)


 バートランド・ラッセルは、或る意味で欧洲大戦が生んだ新しい社会思想家である。
 それまで彼の専攻は、数学と哲学とであった。最初彼は、数学の専門家であったが、後それを基礎として論理学に進み、さらに論理学を通じて一般哲学へと進んだ人である。従って彼の哲学上の立場は飽くまで科学的であり、所謂数学的哲学者、新実在論の主張者、論理的原子論の提唱者として、卓越した地歩を有していた。しかし、真理を愛する彼の科学者的精神は、以前から彼をして社会問題乃至政治問題に深い興味を抱かしめていたようである。(彼の最初の著述として『ドイツ社会民主々義』の一書があることに依っても窺うことができる。)それが欧州大戦という歴史的大事変と周囲の盲目的反動風潮とに刺激されて、遂に彼を旧来の位置から立たしめたのであった。当時ヨーロッパの諸国民は、各階級をあげて狂熱的反動の渦中にあった。平素口に真理と愛とを説いた多くの学者思想家までが戦乱勃発と同時に態度を一変して、盲目的愛国主義者、狂信的主戦論者に化し去った。その中にあって、数学と哲学との一教授たるラッセルが敢然立って、その戦論を唱導したということは、少くとも当時にあっては異数(松下注:いすう:めったにないこと)の事件だったといわなければならない。この事実は、思想家としてのみならず、人間としての彼の本質を最もよく語っている。

 『社会改造の原理』(Principles of Social Reconstruction)は、1915年に書かれ、翌1916年にロンドンにおいて発表されたものである。本書のアメリカ版は「人は何故に戦うか?」(Why Men Fight?)の題名で刊行された。彼の社会改造の哲学を最も系統的に、最も原理的に説述したものであって、ラッセルの全著作を通じて最も重要な文献と称されるものである。
 ラッセルが本書において企てた趣旨は、要するに人間の生活を支配するものは意識よりも衝動であるという信念に基く政治哲学を提示する事であった。彼はこの見地から先ずその基本衝動と見られるものを創造衝動と所有衝動との2種に大別している。そして現代の社会においては、人間は創造衝動が甚だしく所有衝動によって圧迫されている。現代人はただ所有せんとのみ欲して行動し、些かも創造衝動によって生活を進展させられていない。近代の集中的大量生産的産業主義は、外部的な物的目的の強制によって個人の自由を奪い、その生命力を涸渇せしめてしまっている。ここに現代社会の根本悪は存するのであって、唯物的社会主義者は単なる経済組織の変改によって社会悪を一掃し得ると考えているが、ラッセルの要望する理想社会においては、所有衝動が最小限度にまで縮められ、創造衝動が最大限度にまで生かされなければならない、そして個人の生活は創造衝動によって統一されなければならないと同時に、社会もまたそれを可能ならしめるように組織されなければならないというのである。
 ラッセルの社会改造論は、総てこの観点から出発しているのであって、その立場は明らかに反集産主義的であり、アナーキスティックであって、一般にギルド・ソシアリストに共通する多くのものを持っている。
 ラッセルはこの書ならびに当時諸雑誌に発表された戦争批判の諸論文のためにイギリス政府の激しい怒りを招き、1916年、ケンブリッチ大学教授の椅子を追はれると同時に、厳しい禁足命令を受けるに至った。本書の出現が当時如何に大きなセンセーションを惹き起したかは、此の一事によっても知る事ができるるであろう。  1929年4月 村上啓夫