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往復書簡 n.18 (1962.11.11)
『シュワイツァー研究』n.11(シュワイツァー日本友の会、1982年9月)pp.39-40.

一九六二年十一月十一日
A.シュワイツァー


ラッセルと日高一輝氏
Hasker通43番地の自宅前
 ロンドン S.W.3 ハスカー通43番地
 B.ラッセル卿


 親しい友よ、
 ここにお送りする手紙は十月十四日に書いたものですが、ケネディとマクナマラがベルリーン問題とキューバ問題で原子兵器を使うだろうと述べたその軽率さを私たちはきびしく批判せねばならぬと申し上げるためでした。ところが危機(=キューバ危機)が来ましたので、私は手紙を送りませんでした。私はフルシチョフが、ケネディその他のように威信にこだわらぬこと、したがってもし平和を維持するに必要とあれば、譲歩もなし得るだろうと知っていました。そして事実そのようになりました。これについてケネディは一生深く感謝せねばなりません、なぜならフルシチョフは、ケネデイが力の政治によって陥っていた怖るべき状況から救い出してくれたのですから。そして諸国民は、フルシチョフが単純なやり方で平和を救ったことを、耳をそば立てておどろくばかりでした。そこでいまや原子兵器の廃止と平和に到達できるという希望がゆるされます。
 ところで状勢が好転したのであれば、私たちはマクナマラに、ベルリーン問題とキューバ問題ゆえにもし敵対状況が起ったら原子兵器を使うだろうと敢えて言明したことに対して責任を問いましょう。二つの問題とも理性的な交渉により、しかもこのやり方でのみ解決さるべきです。ベルリーン問題を私はくわしく知っています。アデナウアーがドイツ民主共和国を承認しようとしませんから、それはひじょうにむつかしく思われますが、しかし彼はたぶんその決心をせねばならぬでしょう。ドイツがポツダム協定の再武装せぬとの約束を軽視して再軍備を始めたことをアメリ力、イギリス、フランスが承認したことは、重大な報いを受けるでしょう。三国はドイツが軍事強国となり原子兵器を要求することは、考えませんでした……
 キューバに対する戦いでは原子兵器を使うだろうという馬鹿げた言明に関して私は、軍司令官でもあるマクナマラだけを攻撃し批判し、ケネディは国家元首なので外して名前も言わないことに賛成です。元首が批評されると、人々(国民)はよくこれに耐えられません。ケネディにとっては、名前が出ないで、公然と批判されることを免がれて、心の中で悔いるに至るなら、それは好ましいことでしょう。

  敬 具  アルベルト・シュワィツァー

 この手紙は、シュワィツァーが送るのを控えた十月二十四日の手紙(第一三)につづいて、マクナマラとケネディに対する非難をくり返し、キューバ危機の解決におけるフルシチョフの弾力性に対するラッセルの相対的賛辞と併行している。シュワィツァーのベルリーン問題と東ドイツ共和国に関する言葉は、彼のドイツ民主共和国とその大統領ワルター・ウルブリヒトに対する特別な関係を反映している。ウルプリヒトはシュワィツァーがベルリーンのフムボルト大学から名誉学位を受けたとき〔一九六〇年〕祝意を表した。シュワィツァーのケネディに対する見方は、第一回核実験禁止協定のあとで変った。たとえば暗殺後にケネディの母へ自発的に送った手紙(1963.12.19付〕にあらわれているように。