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往復書簡 n.17 (1962.10.30)
『シュワイツァー研究』n.11(シュワイツァー日本友の会、1982年9月)pp.37-39.

 一九六二年十月三十日
 プラス・ペンリン
 B.ラッセル

 ガボン、ラムバレネ
 A.シュワイツァー様


 親愛なるシュワイツァー博士、
 お手紙下さって、提案した平和財団についてお考えを聞かせて頂き、たいへんありがとうございます。この一週間の間に私は、ついに大国が最終的な衝突に陥ったことのとても明白な証拠を掴んだので、ほとんど望みなきジェスチャーとして私のアピールを送りました。私はおどろきもし、うれしくもあったのですが、フルシチョフが以前の証言では信ぜられないような(以前の証言からは想像できないような)寛大さをもって行動していることを知りました。私たちが辛うじて逃れてよろこんでいる想像もできない破局が、ソ連邦と合衆国の間に真剣な交渉の可能性を提供するかも知れないと私には思われます。とにかくこれが、近い将来のため効力を生ずることを助けるように、私が一所懸命努力していることです。
 私があなたにもう一度はっきり申しておくべきことは、平和財団の目的は、大量広告の方法や大国がよくやる民衆操作の形式を許すようなものではないということです。事実の知識の必要と、計画的なやり方で行動の代替路線を真剣に提示することは、平和のための真剣な運動の必須条件です。私たちが要求するような運動は、人々にその住んでいる世界の真実を印象づけ得るような大きな機会なしには確保できないでしょう。ところが実情は、人々の感受性が現代の組織化された社会に存する報道手段が示す虚構の世界により、たえず叩かれているのを私たちは怠慢から容認しています。私の考えでは、この民衆の思考力への侵入が私たちの危険を冒かす(→危険を危険として感じずに、危険を冒させる)という害毒を私たちは見落しています。
 あなたがつづけて、あなたの疑問や、この仕事に対するあなたの忠告を書いて下さることを望みます。あなたに財団を支援して頂けることを私は深くよろこんでいます。

  かわらざる尊敬をもって   敬具  B.ラッセル

 ラッセルが十月二十日の前の週に近づくとみた強大国の「最終的衝突」とはキューバ危機の頂点であった。この間ラッセルはとりわけ「望みなきジェスチャー」としてケネディとフルシチョフヘ手紙を送ったが、これに対して少くともフルシチョフは答えたが、ケネディは答えなかった。平和財団の目的と方法に関するラッセルのシュワィツァーに対する確約は、明らかにシュワイツァーの第十五の手紙〔十月十八日附、三ニページ〕の「疑問」と「忠告」に関係している。