バートランド・ラッセルのポータルサイト


ラッセル=シュワイツァー 往復書簡 n.9 (1962.10.11)
『シュワイツァー研究』n.11(シュワイツァー日本友の会、1982年9月)pp.22-23.


一九六二年六月十日 親展
バートランド・ラッセル
伯爵、英国功績勲章、学士院会員 [以後、O.M.,F.R.S と略す]

 親愛なるシュワィツァー博士

 お手紙に厚くお礼申しあげます。私たちが同じ目的、つまり世界平和に向って働いていると自覚することは'幸福の源泉'です。御承知のように、われわれはこの国(英国)で戦争へ向う一般の風潮に対して抵抗の'大衆運動'を創り出そうと試みており、似たような運動がヨーロッパと北アメリカで急速に成長しつつあります。私たちの抵抗の国際的性格を維持することが重要だと思います。
 今年の九月九日にわれわれは、ロンドンのホワイトホールの航空省で大きなデモをやろうとしています。そこは空軍代将(→大将)マッギルの勤め先であり、彼こそはわれわれの'六人'の仲間の裁判で、たとい数億の人々の死を意味するとしても、「ボタンを押す」用意がすっかりできていようと言った男です。
 われわれのデモは、この男のような人々に管理される水爆塔載機とロケット基地は、われわれのブーヘンワルトでありアウシュヴィッツであることを示唆するつもりです。われわれの名でそのようなことは許されないことを言いたい。私はこのデモに参加するでしょう。
 世界各地から人々がこのデモに参加してくれることを私は真剣に望んでいますが、しかし私はあなたに特別なお願いとして、あなたもデモに参加するためロンドンに来ることができるようにと望んでいます。
 最後にもう一度、あなたの平和のためのお仕事に私の深い尊敬の念を表明させて頂きます。

 真心こめて  バートランド・ラッセル


原注:一般的な戦争への風潮に抵抗して、(英国)百人委員会が先頭を切ってする国際的な大デモの企てを知らせるこの手紙の中で、ラッセルは'五人'の仲間の委員の裁判に言及している(注:六人中、他の一人は地下に潜入)が、かれらは一九六二年二月イースト・アングリア(イングランドの東部)のウェザーフィールド空軍基地に侵入しようとしたのであった。この裁判で航空省作戦局長のグレィアム・マッギル空軍代将(→大将)が検察側の最初の証人であった。ロンドン・タィムズ紙によれぱ、九月九日のデモは、じっさいにホワイトホールの航空省で行われたが、ラッセルは不参加だった。デモは毎日行われ、二週間続いたが、約1,000人の人々が航空省の外に集まった。ラッセル目身その『自叙伝』第三巻一六七ぺージにデモは取りやめられたと述べているが、明らかにこれは記憶の誤りである。