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毎日新聞社説 危機の世界に平和をさぐる(『毎日新聞』1981年9月6日朝刊第4面

* 参考:*「スチューデント・ヤング・パグウォッシュ・ジャパン」


 世界約四十ケ国の代表的科学者を集めて、カナダのバンフで開かれていた第三十一回パグウォッシュ会議が(1981年)九月三日、核軍縮への第一歩として超大国に対し、核軍備水準の凍結を呼びかける声明を発表して閉幕した。声明はまた、国連の第二回軍縮特別総会を来年に控えて、各国が精力的に準備を進めるよう求めている。
 米ソを中心とする核軍備競争がますます激化し、核戦争を戦って勝つという軍事戦略さえ登場しつつあるいま、私たちとしてもこの科学者の訴えに、耳を傾けたいと思う。

 パグウォッシュ会議は、四半世紀も前の一九五五年に、物理学者のアインシュタインと哲学者のバートランド・ラッセル(右写真:Russell と Einstein)が、米ソの激しい水爆開発競争の中で「人間として、人間に対し……破滅の回避がすべてに優先する。」と訴えたのに始まる。この呼びかけに応えて、一九五七年には日本の湯川、(故)朝永両博士ら十ケ国約二十人の科学者が、カナダのパグウォッシュで、第一回会議を開いた。
 それから二十四年、今年の第三十一回会議は、英国のノエルベーカー氏ら百三十余人の出席を得て、パグウォッシュ会議としては、これまでで最大規模のものとなった。というのも、それだけ核軍備競争の激化と核戦争に対する危機感が深まったためと思われる。超大国の核軍縮交渉はいまや完全に停止したままであり、その一方では超大国の間で、いわゆる限定核戦争の可能性までが唱えられ始めている。
 だが三日の声明は、こうした限定核戦争論を全くの「誤り」であると決めつけた。米ソの核戦力はおおよそその均衡状態にあり、その中で、「優位」を求めるのではなく、むしろ核軍縮によって、人類のいっそうの安全を確保すべきだというのである。
 戦争の危険は核軍縮だけでなく、兵器輸出の拡大や、第三世界での軍備競争によって、さらに増幅されている。開会のあいさつで組織委員長のエプスタイン博士(カナダ)も述べたように、それが貴重な地球の資源を浪費させ、途上国の開発をいっそう遅らせている。
 こうして声明は核軍縮と平和の達成のために、あらゆる世論を動員することの重要性をも訴えた。バグウォッシュ会議はこれまで、むしろ大国の政府に影響を与えようとして、やや閉鎖的になるきらいがあったが、これからは世界の世論にも強く働きかけようというのである。今度の会議にカナダの若手科学者、学生から成る、「学生パグウォッシュ」のメンバーが、多数参加したのもそのためで、そうした若い息吹に、注目したい。
 会議では、日本から先の科学者京都会議の成果が報告され、国連の第二回軍縮特別総会に向けて核兵器の不使用と、その一方的な削減が提案された。会議の声明はそれらに先立って、まず超大国の核軍備水準の凍結を呼びかけるにとどまった。だが私たちとしてはまた、日本の非核三原則が高く評価されたと伝えられることにも注目したい。欧州では会議に出席したパルメ元スウェーデン首相も述べたように、非核化への動きが、これまでになく高まっている。若い科学者をも含めたパグウォッシュ会議の今後に、期待したい。