「人間の内なる平和−バートランド・ラッセルは語る」
『朝日ジャーナル』v.7,n.47(1965.11.14)pp.12-19.
*インタビュー(朝日ジャーナル特約)/上原和夫(訳)
* Interview with Enrique Raab. Sunday Citizen, 31 Oct. 1965.
(記事巻頭の説明)
アメリカ兵の一団が,暴動化した(ソ連の)コルホーズの周辺をパトロールしている姿や,中国の派遣部隊がアメリカのリトルロックで秩序回復に当っている場面を,想像できるだろうか(松下注:いずれの部隊も国連軍,あるいは世界連邦政府軍の指揮下にあるもの)−−だが,ラッセル卿は,こうした姿をなお強く追い求めている。これは,九三歳になっても死よりも生を信ずる老哲学者が,最近のできごとについて,その見解をフランス人ジャーナリストに語ったものである。
(右下写真:最近,労働党の政策に反対して脱党,党員証を破るラッセル卿=WWP)
二〇年前,広島が最初の原爆で焦土と化したとき,人類はこれらの廃墟のなかに,また受難者への追悼のうちに,憎むよりむしろ恐れるべき象徴,つまり第三次大戦の可能性を見出した。第三次大戦は,不可避的に,最後の,そしてもっとも恐ろしい,絶対的,確定的な核戦争となるのであろう。
哲学者であり,綿密な数学者でもあるバートランド・ラッセル卿は,人びとの'平和のためのたたかい'をおこなっている。光栄ある老齢に達したにもかかわらず,献身的で,一歩も後にひかない彼は,平和は不可避であり,また可能であるとの考えを人びとにうえつけるため,多くの都市の通りを行進し,数多くのたたかいをたたかうことをちゅうちょしなかった。
広島を二度と繰り返してはならない(ノー・モア・ヒロシマ)という希望は,追憶より大切であるから,この希望を誰よりもよく'象徴'しているラッセル卿に接することは,あの天変地異的爆発から二〇年をへた一九六五年の今日,諸般のことがらについて,もっとも現在に密着した,新しい解明を与えるように思われる。
このため,わたし(Enrique Raab)は,ある雨の日の午後,(英国)ウェールズのペンリンダイドライス村のプラス・ミッドフォードの自宅に,バートランド・ラッセル卿をおとずれた。
この人里離れたところでわたしは,広島,現在の世界の指導者,国々の政策,人間の運命,について,彼と長い間話し合った。以下は,九十三歳になっても,死より生を信じている老哲学者の見解を記録したものである。(アンリック・ラーブ)
[松下注:ラッセルが使うはずがないと思われる「ぶっきらぼうな言葉(訳語)」については,ほんの一部だけですが,少し丁寧なものの言い方に直してあります。]
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