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  2002年(2002年1月〜12月)の過去ログ  「新→古」の順
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上海のホテルの件、深謝! 投稿者:大杉豊  投稿日:12月 7日(土)01時00分01秒

静秋さま

 「上海で泊まったホテル」の貴重な情報、誠にありがとうございました。
 当時の日本の新聞を調べましたが、ホテル名までは載っていなかっただけにとても喜んでいます。現地を訪ねてみたいと思っています。

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Re: 上海で泊まったホテル 投稿者:松下彰良  投稿日:12月 6日(金)20時01分39秒

静秋さま

 詳しい情報ありがとうございました。大杉さんはすでにごらんになっているかどうか わかりませんが、お知らせしておきます。
 なお、バートランド・ラッセルの中国語表記は、「伯特蘭・羅素」以外に次のように 「百船羅素」という表記もあるようです。北京語と上海語とでは表記が違うのでしょう か?
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  次は胡適先生……。清水先生は“五四"直後、1919年6月から翌1920年にかけて、
 北大が招待したJohn Dewey(杜威)やBertrand Russell(百船羅素)の連続講演を
 熱心に聴講しました。その講演の通訳は胡適先生でありました。 (John Dewey ...
  http://www.obirin.ac.jp/unv/plan/siryousyu/simizu.htm
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 ラッセルは1920年10月12日の朝9時に上海に上陸し、「一品香(イ・ピン・シャン)旅館」に宿泊していました。13日に「大東旅社」で開催された歓迎パーティーに出席し、その後の数日間は公演をしたり、インタビューを受けたりしていました。20日に湖南省へ出発したようです。
 一品香旅館は旧上海の有名な大きいホテルでした。1883年に、今の西蔵中路と漢口路との曲がり角に建てられ、当時の住所は西蔵中路272号でした。数年前の上海の再建設によって街全体が取り壊されました(残念ですね)。現在の新しい「一品香飯店」 は斜土路1277弄14号にあります。そこに昔の記録が保存されているかもしれません。
 それから、中国ではラッセルの名前は「伯特蘭・羅素」と書きます。
 中国の三聯書店が1998年2月に出版した「羅素与中国--西方思想在中国的一次経歴」(馮崇義著、書号:7-108-00680-4/G.128)一書にラッセルの在華日程表が載せているそうです。
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上海で泊まったホテル 投稿者:静秋  投稿日:12月 6日(金)13時22分58秒

 ラッセルは1920年10月12日の朝9時に上海に上陸し、「一品香(イ ピン シャン)旅館」に宿泊していました。13日に「大東旅社」で開催された歓迎パンティーに出席し、その後の数日間は公演をしたり、インタビューを受けたりしていました。20日に湖南省へ出発したようです。
 一品香旅館は旧上海の有名な大きいホテルでした。1883年に、今の西蔵中路と漢口路との曲がり角に建てられ、当時の住所は西蔵中路272号でした。数年前の上海の再建設によって街全体が取り壊されました(残念ですね)。現在の新しい「一品香飯店」は斜土路1277弄14号にあります。そこに昔の記録が保存されているかもしれません。
 それから、中国ではラッセルの名前は「伯特蘭・羅素」と書きます。
 中国の三聯書店が1998年2月に出版した「羅素与中国--西方思想在中国的一次経歴」(馮崇義著、書号:7-108-00680-4/G.128)一書にラッセルの在華日程表が載せているそうです。

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RERE 些細なお尋ね 投稿者:大杉豊  投稿日:11月26日(火)16時23分44秒

 ご教示ありがとうございました。現地でも調べてみようと思っています。分かったらお知らせします。
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RE 些細なお尋ね 投稿者:松下彰良  投稿日:11月25日(月)21時08分48秒

 ラッセルが北京で泊まったホテル(三流の「北京飯店」)についてはわかっていますが、上海でどのホテルに泊まったかは(調べていませんので)わたしは知りません。
 しかし調査は可能だと思われます。(今の私には時間がありませんが・・・。)

 上海に上陸した時、どのホテルにとまったかは、有名な無政府主義者である大杉榮の日記にでてきます。

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(大杉榮)日本脱出記
 参考 http://www.aozora.gr.jp/cards/osugisakae/files/OHSUGI03.html

 こうして僕は一時間ばかりLと話ししたあとで、Lの注意でMに案内されてあるホテルへ行った。★そこはつい最近までイギリスのラッセルも泊っていた、支那人の経営している西洋式の一流のホテルだということだった。★
(四字削除)の室と言っても、ごくお粗末な汚ない机一つと幾つかの椅子と寝台一つのファニテュアで、敷物もなければカーテンもない、何の飾りっ気もない貧弱極まるものだった。それに僕がこんなホテルに泊るのは、少々気も引けたし、金の方の心配もあったので、もっと小さな宿屋へ行こうじゃないかとMに言い出た。が、Mは小さな宿屋では排日で日本人は泊めないからと言って、とにかくそこへ連れて行った。実際、道であちこちでMに注意されたように、「抵制日貨」という、日本の商品に対するボイコットの張札がいたるところの壁にはりつけられてあった。
 そして僕は、それともう一つは日本の警察に対する注意とから、支那人の名でそのホテルの客となった。(後略) 一九二三年四月五日、リヨンにて(後に書いた回想?)
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 ホテルではないですが、ラッセルが上海に上陸した時に入ったところの一つ(上海証券交易所)は次のホームページに紹介されています。

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上海の夜
http://www.eda-jp.com/katudo/2002/5/5.html (写真もあり!)

 18時半から、築後150年以上になる★上海証券交易所跡の建物にあるレストランで、夕食。この建物には、ラッセルやアインシュタインも来たことがあるそうです。★
 この周辺は、かっての租界の名残が残っており、紅口(ホンキュ)もこの近くです。
 後略
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 ラッセル来日時の動静は毎日新聞、読売新聞、朝日新聞その他に、毎日掲載されていましたので、ラッセルが中国に来た時の記事も毎日新聞等に掲載されている可能性があります。(ラッセルが中国で死亡したという誤報を流したのも日本の毎日新聞です。)
 お時間があるようでしたら、大学図書館や国会図書館等で調べて見てください。
 わかったら教えていただければ幸いです。私も時間ができたらいつか調べてみようと思いますが・・・。

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些細なお尋ね 投稿者:大杉豊  投稿日:11月25日(月)00時11分34秒

 ラッセルが訪日の前、中国に滞在した時に、上海で泊まったホテルの名前(所在地)をご存知でしたら、教えて下さい。(近く上海へ行く予定があり、もし現存するなら訪ねてみたいと思っています)

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ディレンマ 投稿者:トマス  投稿日:11月13日(水)19時51分16秒

 先の投稿に関連してですが、下記は松下さんが原書から引用した箇所です。

「If everything must have a cause, then God must have a cause. If there can be anything without a cause, it may just as well be the world as God,…」

 この件にはラッセルの論理学者としての面目躍如たるものがあります。 「everything must have a cause」と「there can be anything without a cause」は論理学的には矛盾対当の関係にあり、いずれか一方が真であれば他方は必ず偽になります。ところが、それぞれの命題(前提)から引き出される結論はいずれも神の存在を許さないものなので、一種のディレンマに陥っているわけです。

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Re-2 参考まで 投稿者:トマス  投稿日:11月13日(水)19時30分16秒

松下様

 たしかに『自叙伝』にそうした記述がありますし、『わたしはなぜキリスト教徒でないか』にも同じような記述が見られます。ただ孫引きを避けてあえてミルの自伝から引用してみました。

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Re 参考まで 投稿者:松下彰良  投稿日:11月13日(水)08時56分58秒

トマスさま
 投稿ありがとうございます。
 ラッセルも何かの本(自叙伝?)でトマスさんが下記に書かれた文章をほぼそのまま引用していました。しかし簡単な注ですので、ホームページに掲載したような簡潔なものにしました。

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参考まで 投稿者:トマス  投稿日:11月13日(水)00時25分23秒

 更新記事にある「ミル親子の対話」についてですが、私の手元に『ミル自伝』(岩波文庫)がありますので、松下さんの注で十分かもしれませんが、以下に引用したいと思います。

「父は最初から私に、世界が如何にして生まれたかは何一つわかっていない問題であり、「私を作ったのはだれか」という問いには答えられない、それは答えの根拠となるべき経験もたしかな知識もわれわれにないからだ、強いて何かの答えをすれば「それではその神を作ったのはだれか」という問いがすぐに生じてきて、厄介さは一歩根本にさかのぼることになるだけだ、ということを強く印象づけた。」

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RE 因みに 投稿者:松下彰良  投稿日:10月31日(木)08時56分05秒

トマスさま

 トマスさんの言われるとうりです。牧野氏が要約しているものですので、前後関係がわからず誤解を招くおそれがあるものも少なくありません。(そのため最低限の語句の挿入や訳語を変更しているところもあります。)
 しかし初心者の方にラッセル思想を理解してもらう(誤解されないようにする)、あるいは学習を始めてもらうためには、長文のまま掲載し、読まれないよりも、トマスさんの指摘されたことに十分注意してもらえば、要約版も悪くないだろうと思います。ラッセルの著作を読んでみようという刺激剤になれば幸いです。(我々も幼少の時、よく偉人伝を読みましたが、不正確な記述が多いですが、それはそれで役だちました。)
 そういった意味で、あくまでも「初心者向け」のコンテンツです。

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因みに 投稿者:トマス  投稿日:10月30日(水)22時30分47秒

 管理人でない私が言うのもなんですが、念のため断っておきますと、私の見るかぎり、『ラッセル思想辞典』からの抜粋は、ラッセルの著作を部分的に要約したものにすぎません。おそらくその意味も含めて、「初心者向け」とされたのだと思います。とはいえ、ラッセルの主張はその文面からも汲み取れるかと思います。

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RE 所感 投稿者:松下彰良  投稿日:10月17日(木)08時47分04秒

トマスさま

 イラクも北朝鮮も、(現在まだ一部残っている)独裁国家は異常であり、できれば独裁者は早く消えてもらいたいと思います。ただ、そうだからといって、独裁者を暗殺してよいとか、武力でその政権をたおしてよいということにはなりません。
 希望としては、そのような国には情報公開を(平和的手段で)国際的圧力でせまり、できるだけ内部から(独裁政権を)崩壊させる必要があります。
 時間がかかると思いますが、ソ連でさえ、あれほど早く崩壊するとはほとんどの人が思っていなかっただろうと思います。中国もゆっくりですが、着実にかわりつつあります。希望はあると思います。

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所感 投稿者:トマス  投稿日:10月16日(水)23時52分34秒

 日々の更新、いつも楽しみにしております。さて、本日の「安定世界の三要件」についてですが、ここでラッセルは、安定した世界を築くためには、究極的には紛争の解決手段として武力を用いない方策を採らなくてはならない、と言っているように思えます。その意味では、イラクに対するアメリカの武力攻撃は、根本的な問題を解決することにはならないのかもしれません。それにしても、フセインが投票ですべての国民の信任を得ましたが、それを見ても、イラクが異常な国であるということがわかります。

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平和達成への統一原則 投稿者:けんちゃん57  投稿日: 9月19日(木)09時16分11秒
 秩序というものが正当であるならば、そして正当さという秩序は、何も損失となるものを生み出さず、そしてびっこ引いたり、つっけんどんになるような、ひとつくぼむ的なことや要素が1つも微も生じない。存在しない。だから正当なのである。
 そのように、何も損失になることを行わないように志し、そして行うことによって全てがスムーズになり、それで正当さになるとき、平和は自然と達成されてるし、そうすることで平和になると思う。

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バイロン風の不幸wywy  投稿者:φ  投稿日: 7月 7日(日)01時43分26秒

バイロン風の不幸

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誰か 教えて!! 投稿者:よしき  投稿日: 6月28日(金)10時07分55秒

お願いです。月曜日までに課題が出たのですが、らっせる幸福論第一部第二章で言う、バイロン風の不幸とはなんなのですか?また、この第二章を400字〜600字で要約するとどうなるの?そして、この章でいいたいのはなに?

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Open Hearts and Open Minds  投稿者:トマス  投稿日: 5月12日(日)18時03分33秒

なかなかよい文章と思われるので、ここに記します。

We are sometimes told that only fanaticism can make a social group effective. I think this is totally contrary to the lessons of history. But, in any case, only those who slavishly worship success can think that effectiveness is admirable without regard to what is effected. For my part, I think it better to do a little good than to do much harm. The world that I should wish to see would be one freed from the virulence of group hostilities and capable of realizing that happiness for all is to be derived rather than from co-operation than from strife. I should wish to see a world in which education aimed at mental freedom rather than at imprisoning the mind of the young in a rigid armor of dogma calculated to protect them through life against the shafts of impartial evidence. The world needs open hearts and open minds, and it is not through rigid systems, whether old or new, that these can be derived.

Why I AM Not a Christian (preface) by B. Russell

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Re: ラッセルと様相論理 投稿者:トマス  投稿日: 4月25日(木)21時34分33秒

ラッセルの「様相」概念について改めて調べたところ、獄中で執筆した『数理哲学入門』(Introduction to Mathematical Philosophy, 1919)第15章命題関数の終わりの方で次のように述べています。「命題と命題関数とを十分区別しなかったために哲学が救うべからざる混乱におとしいれた概念は、「様相」概念ー必然、可能、不可能(ときに、偶然(contigent)または可主張(assertoric)も可能(possible)の代わりに使われる)ーである」またそれに続く箇所では、「「Φx」がある命題関数の不定な値であれば、この関数がつねに真(∀xΦx)であれば必然的であり、ときに真(∃xΦx)であれば可能であり、けっして真でなければ(∀x〜Φx)不可能である」と述べています。

 記述理論については次のようなエピソードがあります。「さて前に挙げた「記述理論」は、1905年雑誌「マインド」に出た私の論文「表示について」(On denoting)において、はじめて述べられた。この説は、当時の「マインド」の編集者の目にはきわめて不合理なものと映ったので、かれは私に再考を求め、そのままで発表することを要求しないように、と言った。しかし私はそれが正しいことを確信していたので、そういう求めには応じなかった。」(『私の哲学の発展』(My Philosophical Development, 1959))

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ラッセルと様相論理 投稿者:φ  投稿日: 4月24日(水)04時02分13秒

 『数理哲学序説』のハムレットに関する叙述などを見ても、ラッセルは確かに様相には興味がなかったようですが、ラッセルの記述理論そのものは様相文の分析に絶大な威力を発揮します。
 有名な例文「現在のフランス国王は禿である」の否定を、ラッセルは二通りに区別しました。
  xは現在のフランス国王である……Fx
  xは禿である……Gx
      と書くとすると、「現在のフランス国王は禿である」は
  ∃x(Fx∧∀y(Fy⊃x=y)∧Gx)
 となりますが、これの否定は

  〜∃x(Fx∧∀y(Fy⊃x=y)∧Gx) …………A (文全体を否定)
  ∃x(Fx∧∀y(Fy⊃x=y)∧〜Gx) …………B (禿である、の部分だけを否定。禿でない現在のフランス国王が存在していると述べている)

 という二通りに分析されます。
 (厳密には
  ∃x〜(Fx∧∀y(Fy⊃x=y)∧Gx)
  ∃x(Fx∧〜∀y(Fy⊃x=y)∧Gx)
 等々もありうるのですが省略しておきます。)

 さて、Aは真であり、Bは偽です。
 「現在のフランス国王は禿ではない」と言える以上、「現在のフランス国王」なるものがなければならない、としたのがマイノングの誤り(AとBの混同)だったことをラッセルは指摘したのです。日常言語に騙されてはならない、と。

 否定記号〜の代わりに必然記号□を置いて、

「2002年4月現在の日本の首相(F)が1940年以降に生まれた(G)のは必然的である」   を同様に分析してみます。(今度はもう少し細かく)

□∃x(Fx∧∀y(Fy⊃x=y)∧Gx) …………A
∃x□(Fx∧∀y(Fy⊃x=y)∧Gx) …………B
∃x(Fx∧∀y(Fy⊃x=y)∧□Gx) …………C

 AとBは偽で、Cは真ですね。
「現アメリカ大統領がアメリカ人であるのは必然的である」「私が私の身長より背が高いことは可能である」のような曖昧な文には真となる解釈と偽となる解釈があるのがふつうですが、その両者をキッパリと明確にしかも体系的に分離できるところに、ラッセル記述理論の革命的な意義があります。

 20世紀分析哲学の最大の成果は何か、専門家にアンケート調査するならば、100年後には間違いなくラッセルの記述理論がトップとして評価されていることでしょう。(現在の評価でも記述理論はベスト5以内に入ることは確実だが。)

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論理学 投稿者:トマス  投稿日: 4月23日(火)19時49分46秒

 私も以前記号論理学に魅せられ勉強しましたが、近頃は離れていました。証明は未だ明らかでないものを明るみの下に晒すことでしょうから、わかってしまえば味気なく感じます。φさんの言われた通り、下記の証明も推論規則に従えば自動的に出てくることがよくわかります。まるで手品の種明かしでも見ているようです。確かラッセルは様相概念に対して難色を示したはずですが、様相論理は標準論理の延長上にあることもあり、私も興味を持ち、手始めに三浦俊彦氏の『可能世界の哲学』を読んだことがあります。様相論理の開示する新たな世界に引き込まれたことを憶えています。

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宿題の解答です 投稿者:φ  投稿日: 4月21日(日)03時42分04秒

前提1  □(Pa)

前提2  ∀x(Ux⊃a=x)

     Ub⊃a=b   ……★     前提2より全称例化(bは任意の個体)

     a=b    ……仮定

     □(Pb)   ……◆         仮定と前提1より代入可能性規則

     a=b⊃□(Pb)   ……■      仮定と◆より演繹定理
                        (ここで「仮定」は解除された)

     Ub⊃□Pb   ……●         ★,■より仮言三段論法

   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

結論   ∀x(Ux⊃□Px)       ●より全称汎化(bは任意の個体だから)

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ラッセル読書会に参加の皆さま 投稿者:φ  投稿日: 4月12日(金)00時01分36秒

 前回の「ラッセルを読む会」で、「宿題」を提示させていただきました。
 こういう問です。

  問:『論理学入門』(NHK出版)p.173,下から2行目,「前提1、2から結論1は出てくる」とありますが、実際に結論1を導いてみてください。

 本文、( )内に手順が書いてありますので、それに従えば自動的に出来ます。が、別に出来なくても恥じゃありませんので。(私自身、自分の議論の流れの中で出てきたのでなければ、いきなり問われても解けなかっただろう。)
 勝手に出した宿題ですから無視してくださってもかまいません。
 興味あれば気軽にやってみてください。解答は4月20日の読書会当日に持っていきます。
 論理記号で遊べるようになると、ラッセル理解に結構役立つかも。

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ホームページ更新再開 投稿者:松下彰良  投稿日: 4月 3日(水)21時32分10秒

 引越先(京都)でもフレッツADSL(8MB)が使用可能となりました。 ホームページの更新を再開します。

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ホームページ更新中止期間について 投稿者:松下彰良  投稿日: 4月 1日(月)10時19分18秒

 昨日(3月31日)、京都に引っ越してきました。

 現在は繁忙期ということで、NTTのフレッツADSLが使える工事ができるのは4月13日とのことです。
 そのため、ラッセルのホームページの更新は早くても4月13日(土)からとなりますので、この掲示板を使ってお知らせしておきます。
 今しばらくおまちください。     松下彰良    

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「エホバの証人」個人サイトの宣伝です。 投稿者:エホバの証人  投稿日: 3月25日(月)22時54分55秒

 「エホバの証人」のホームページへ、是非一度お越しください。
 あなたの心の励み、癒しに、必ずなると思います。
 そして「エホバの証人」のホームページが、いかにすばらしく、多くの方々又、いかなる宗教の方々に、感動を与えているか、その目で、是非お確かめ下さい。
これらのホームページには、「エホバの証人」の知識等も多く載せられていますが、宗教という枠を超え、多くの方々との話し合いの場として、多くの掲示板が用意されています。 この掲示板から、心を癒された方々は、数知れません。きっとあなたの心も癒される事と思います。

 注意;この宣伝は、個人的な宣伝です。宣教活動及び宗教の勧誘では有りません。又、ものみの塔聖書冊子協会とも一切関係ありません。

http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/4398/letsgo.html

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法政大学入試小論文 投稿者:松下彰良  投稿日: 2月27日(水)19時09分09秒

 何人かの人が、法政大学入試問題「小論文」の課題図書として、ラッセルの『幸福論』 があげられている、と書かれていましたが、ある予備校のサイトでその情報を発見しまし た。

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 平成14年度「法政大学」一般入試
 文学部(哲学科)/B方式
 入試科目 1教科(250点)
 【小論文】(150)
 《国語》国I・II(100)
 《数学》数I・II・A(式)・B(複)(100)
 ●選択→国語・数学から1
 備考 国は古文・漢文の独立問題は出題しない。数IIは「図形と方程式」。
 ★小論文はバートランド・ラッセル『ラッセル幸福論』「第一部不幸の原因」を課題図書とする
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 因みに,
 千葉大学(前期試験)「教育・養護教諭」課程の小論文も次のように、やはり『幸福論』でした。

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 問題II
 バートランド・ラッセル『幸福論』からの文章(人間は自分の情熱と興味が外へ向けられているかぎり、幸福をつかめるはずだ、という内容)を読み、このような人生に対する態度についてどう考えるか。自分が目指す養護教諭の人間像と照らし合わせて600字以内で述べる。
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追伸(Re:教えてください。)
 投稿者:松下彰良  投稿日: 2月24日(日)00時23分24秒

追伸

 トマスさんが書かれているように、うっかり誤記しました。
 ラッセルの The Problems of Philosophy はこれまでに8種類の邦訳が出されています。  それは、次のURL(のページ)に掲載してあります。

  http://russell-j.com/R3B2.HTM

 現在入手できる「可能性」のあるのは、次の2種類です。両方とも時々、神田の古本屋 においてあります。現代教養文庫版(社会思想社刊)は、書店にもごくたまにおいてある ところがありますが余りみかけなくなりました。しかしどちらも大学図書館や大きな公共 図書館にはあると思われます。

 7.『(新訳)哲学入門』 中村秀吉・訳
 社会思想社 1964年2月 178p. 15cm. (現代教養文庫,n.50)
 ・p.165-178:訳者あとがき
 @RC(早大ラッセル関係資料コーナー)/国会

8.『哲学入門』 生松敬三・訳
 角川書店 1965年4月 188p. 15cm. (角川文庫,n.2342)
 ・p.185-188:訳者あとがき
 @RC/国会

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Re:教えてください 投稿者:トマス  投稿日: 2月23日(土)20時15分03秒
はる 様

 私もオックスフォード版のペーパーバッグをもっていますが、恥ずかしながら、ところどころ目を通したくらいです(自称ラッセル研究者の風上にも置けませんが。もちろん、邦訳本は読んでいます。)。

 松下さんの記述に誤りがあります。社会教養文庫ではなく現代教養文庫です。ちなみに出版社は社会思想社です。

 日本語に惑わされないようにしてください。たとえば、翻訳本では第一章が「外見と実在」となっていますが、「外見」は「appearence」の訳語で、硬い言い方をすると「現象」で軟らかい言い方をすると「現われ」となるでしょうか。いずれにせよ、いわゆる「外見」ではありません。日本語でよく意味が通らない術語がでてきたら、ぜひお持ちの原書を参照してください。

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Re:教えてください  投稿者:松下彰良  投稿日: 2月23日(土)19時00分38秒

はる 様

 The value of philosophy は、ラッセルの『哲学の諸問題』(The Problems of Philosophy, 1912)の最終章「哲学の価値 The value of philosophy」のことを指す と思われます。
 もしも哲学関係の書物をこれまでほとんど読んだことがないのでしたら、(いくらラッ セルの文章はわかりやすいといっても)字面だけわかっても、中身は余り理解できないの ではないかと思われます。そうではなくて英語で読んでいるからわかりにくいというので したら、(引き続き英語の勉強にはげんでもらうとして)『哲学入門』は薄い本ですので、 当面、翻訳で良いですから、一冊丸ごと読んでみてください。
 この邦訳は、大学図書館であればほとんどのところで所蔵していると思われます。それ ほどポピュラーな本(大学でよく使われているテキスト)です。
 努力してみてください。  松下彰良

 追伸 社会教養文庫の『新版・哲学入門』が時々、書店においてあります。神田の古本屋ではよく見かけます。

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教えてください 投稿者:はる  投稿日: 2月23日(土)14時19分43秒

 はじめまして。全く突然で大変恐縮なのですが、ラッセルの「Value of philosophy」についてご存知の方がいらっしゃったら教えていただきたいと思います。

 どうも、本能的なセルフから逃れない限り、外からのイベントによってダメージを受けるのでそれを防ぐために哲学が必要と言ってる気がするのですが、どうも意味がわかりません。(英語で読んでるために…)

 どなたか詳しくご存知の方は是非教えてください

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最近、思ったこと 投稿者:トマス  投稿日: 1月31日(木)21時04分08秒

 先日、朝日新聞社刊『現代哲学がわかる』を購入した。そのなかの「現代哲学の13人」にラッセルの名前はなかった。分析哲学を創始したのはフレーゲとの記述があるが(いろいろ異論もあるだろうが)、ほかならぬラッセルがその著作を通じてそれまで無名だったフレーゲの名を世に知らしめたことも忘れてはならない。ラッセルの知的誠実さは徹底しており、影響を受けた人物を隠し立てするようなことはしない(むしろその価値を認め、賞賛できる点はだれであっても積極的にそうしている)。
 「<私>をめぐる哲学」では、中島義道氏が人は遅かれ早かれ死ぬのだから今死なない理由などないということを言っている。なるほどその通りかもしれないが、いずれにしても死ぬのだから今死ぬ理由もないのではないだろうか。これは人の(あるいは個人の)生命の重さをどう捉えるかによっても変わってくることがらのように思える。人は宇宙の広大さに比べればあまりにちっぽけな存在であっても、社会的にはいかなる人も多かれ少なかれ生命の重さを実感できる存在である。それは生物学的な意味での生命ではなく、社会的な意味でのそれである。知性は本来外界に向いているように思う。それゆえ、社会が成り立つのだろう。反省(もしくは内省)もなくてはならないが、それだけでは立ち行かない。自分の殻を打ち破るには、外界に対して友好的にならなくてはならないし、愛情をもたなくてはならない。そして一歩踏み出すためには勇気を持たなくてはならない。勇気は思想と行為の架け橋だからだ。生と死が対をなすことがらならば、よく死ぬためにはよく生きなくてはならないだろう。と、思う。

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『幸福論』執筆の動機  投稿者:松下彰良  投稿日: 1月23日(水)20時47分19秒

光さま

 どのような本を書いて「公刊」するにしても、それは(1)(少しは)他人にためになると考えるゆえ、(2)自分のため(自分の考え方の確認)、また、執筆活動で生計をたてている場合は、(3)お金を得るためといった、いろいろな理由や意図があると思われます。

 ラッセルは、執筆当時、妻ドラとともに幼児学校を経営しており、そのために多額の資金が必要でした。もちろん自分の2人の子どもの養育費も必要です。一般受けする本が一番てっとり早いですね。
 それにラッセルが『幸福論』を出したのは1930年であり、ラッセルが58歳の時です。60近くですから、もう人生経験は豊富であり、生き方・生きる知恵について、他人にアドバイスできる年齢でもあります。(悩むにしても「悩み方のコツ」があります。無駄な悩みかたをしない方がよい、悩まなくてもよいことを悩んでいるかも知れません。)ラッセル自身、いろいろな悩みを乗り越えてきたわけですから、60歳近くなり、他人に十分アドバイスできるものがあると考えたと思われます。

 しかし「個人として幸福の追求に限界を感じた」から、『幸福論』を書いたというのは当たっていないと思います。ラッセルももちろん幸福を求めたことにはかわらないとしても、ラッセルの場合は、たとえ安楽な幸福を犠牲にしても、人一倍、真理を求めていたということ、それから多くの虐げられた世界中の人々の苦しみを見て見ぬふりができなかった、そのために、必ずしも自分の幸福の追求とは相容れないかもしれないけれど、自分の信ずる、「良い」社会の実現のために、自分ができる力をつくしました。

 ラッセルの『自叙伝』を読まれれば、光さんの疑問は多分解消すると思われます。
 自分がそう思うから他人もそう思うだろう、思うはずだ、といった決めつけはしないほうがよいと思います。
 『ラッセル自叙伝』の邦訳は、残念ながら絶版ですが、大学図書館ではかなりのところで所蔵していると思いまので、借りてお読みになることをおすすめします。//

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初心者なのですが・・・ 投稿者:光  投稿日: 1月23日(水)19時55分43秒
 私はラッセル初心者です。全く的外れな質問になるかもしれないのですがご意見を聞かせてて下さい。ラッセルは何故「幸福論」を書いたのでしょうか?とある解説には「現代社会において苦しんでいる数多くの男女に同情して…」と書いてありました。私はそれだけではないような気がするのです。ラッセルは「幸福論」を書くことによって自らも幸福になろうとしたのではないでしょうか?つまるところ、個人としての幸福の追求に限界を感じたのではないでしょうか?・・とても薄っぺらな考え方ですいません。よろしくお願いします。

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(無題)について 投稿者:松下彰良  投稿日: 1月 9日(水)23時14分40秒
「法政」さんへ

 ご質問が抽象的すぎます。出題者の意図が何であるかによって、アドバイスの仕方は異なってきます。

 http://russell-j.com/Q-HAP.HTM
 をすでにお読みになった上でのご質問でしょうか?

 質問の意図をもっと明確にしてください。あるいは出題者の意図(類推するより他ないかもしれませんが)及び、あなたの質問内容をもっと明確にしてください。

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(無題) 投稿者:法政  投稿日: 1月 3日(木)23時55分17秒

 法政入試でラッセル幸福論が参考資料として出されるんですけどアドバイス下さい お願いします

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新年を迎えて 投稿者:トマス  投稿日: 1月 3日(木)22時41分57秒

 アフガニスタンでの紛争も年を越しましたが、宗教が人々の普遍的な拠り所とならない以上、何をわれわれの生きる拠り所にしなくてはならないのでしょうか。身近なものに拠り所を求めることもできるでしょうが、「善く」生きるためにはそれだけでは不十分な気がします。どんな民族の人もおそらく出会えば互いに挨拶を交わすでしょう。これはささいなことかもしれませんが、「常識」のなせる一つの大きな「知恵」のような気がします。「科学」は間違いなく「宗教」より普遍性をもっていますが、それをどうやって「知恵」にまで高めることができるのでしょうか。
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