バートランド・ラッセルのポータルサイト

林雅太「訳者あとがき」(バートランド・ラッセル「科学と倫理学」)

* 出典:バートランド・ラッセル(著),林雅太(訳)「科学と倫理学」(私家版,1936年11月。61pp.)
* Religion and Science (1935)の第9章のみの邦訳。



訳者「はしがき」

 (旧仮名遣い・旧漢字の一部を,新仮名遣い・新漢字に変更しました。)

 本稿は,昨年(1935年)『家庭大学叢書』(Home University Library)の一巻として公にせられた所の,バートランド・ラッセルの新著『宗教と科学』(Religion and Science, 1935)中の一章「科学と倫理学」の全訳である。

 今,これを編集子の手許に致すに際して,一言読者諸子の了解を得て置きたいことがある。それは本稿の表題(注:「科学と倫理学」)にまつわる感想といってもよい。一見してこの表題は一の教科書的文字を想わしむるものがあるかも知れないが,この点は彼(注:ラッセル)も断っているが如く,倫理学についての彼の個人的信念の披瀝なのであって,この意味において,私はむしろ『合理主義者の(もしくは自由思想家の)倫理学観』とでもしたらと思ったくらいだ,ということである。それでその罪の一半は,私の翻訳の生硬(せいこう)未熟によるものであるとしても,しかしどのみち問題である,小説を読むようにそう容易なものではないであろう。だが熱心な知識的要求に対して何ほどかの価値を有するものであるならば,やがて明日の常識への他足(参考:自給自足と他給他足といった用法があります。)として,強めて(ママ/「つとめて」と読ませる?)辛坊されてはどうであろうかというような不断の念い(ママ)から,敢えて揣らず(「はからず」?)この拙い訳文を読者諸子の机邊(きへん/「机のあたり」)に捧げようとするのである。
 該書(がいしょ/本書)を入手したのは舊臘(きゅうろう/臘は、陰暦一二月のこと)たしか二十七日であった。当日及び二十八日,津山への車中で一応目を通した。そうしてその日帰途の車中と翌日及び又翌日の両夜各,一,二時間を割いて訳出したもの。どちらかといえば,当初,やや本腰に著者の許諾を得て全巻を翻訳出版して見たらという気持ちのないではなかった,がしかしそれは現在の私にはとても許されそうもない苟且事(こうしょじ/間に合わせこと)というのが本当である。
 とは前もって分かっていても,さて良いものを手にすると,こうした衝動に駆られる。ともかくもこの一篇だけにしても,一人でも多くの人々に読まれるであろう事が著者の喜びであるのは,わけてこの著者にして言を俟たない(げんをまたない/言うまでもない)所と思う。
 因みに,著者ラッセルが英国現代の数学者,哲学者及び王室協会の会員として知名の人物であることは言うまでもないであろう。
 なお,該書(がいしょ/本書)の意図するところの大体については,最後に一篇を付け加えておいた。就いてみられたい。(二月四日)


★序に代えて
 本書は今年二月六,七,九,十,十一,十二,十四,十六,十七及び十八の十日間に渡って「山陽新報」紙上に掲載されたもの。これを江湖未読の士に頒つもまた徒事でないと信じ,かたがたこの小冊子に取り纏めた次第である。
 昭和十一年十一月十八日  訳者誌