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バートランド・ラッセル(著)『ラッセル結婚論』(アルス版)への訳者まえがき

* 出典:バートランド・ラッセル(著),福永渙(訳)『ラッセル結婚論』(アルス,1930年6月刊。3+2+332 pp.)
* 原著:Marriage and Morals, 1929
* 福永渙(1886-1936)の作品
* 原著が出版された1929年の翌年(1930)にはすでにこの邦訳が出版されていることは注目に値します。なお、「訳者まえがき」の旧字は新字に変えてあります。(松下)

訳者まえがき(1930.06.02, 福永渙)

 バートランド・ラッセルは、名著「社会改造の原理」や「自由への道」によってわが国の読書界には馴染が深いが、ここに訳出した「結婚と道徳」は昨年(1929年)の10月、ラッセルが公にした彼の最近の著述である。

 本書は、著者が序論に述べているように,マルクスにもフロイドにもみせざる独自の立場から人類の性生活の過去を開明し、現在を論究し、未来を暗示したものである。著者は過去に於て、政治、経済、宗教等の諸制度、殊に旧道徳の教義によって、恋愛と結婚の正しい動機がいかに歪められ、いかに性的事実本来の意義から脇道へ反れたかを明確に指摘し、その主張を裏書きする考証は、実に該博を極めている。著者はまた、現代に於ける性生活に関係ある諸制度を検討し、現代社会の性的混乱のよって来る源を索ねて、将来、性生活を正しきに導くための方法を提示している。
 (画像(上)は、福永訳『結婚と新道徳』の中扉/画像(下)は、同書の表紙)

 本書を通読すると、著者の見解がかの「社会改造の原理」中の、創造的衝動説の延長であることが肯かれる。著者は恋愛と結婚に関する旧道徳を辛辣に苛酌するところなく攻撃している。彼は、友愛結婚をさへも過渡的なものと認めている自由主義者であるが、一方に於ては性的事実をただ単なる自然的飢餓として観るような冷やかな物質的見解には与していない。著者は恋愛を認めると同時に、子供が結婚の意義の重大なる因子であることを随所に力説している。若し結婚の制度が存続するものとすれば、結婚の安定は子女のために大切である,この安定を得るには、結婚と単なる性的関係を区別し、結婚のロマンチックな方面に対して生物学的方面を強調するのが最善の方法である、と著者は述べている。かかる見解は、結局著者をして所謂「二重性生活」を提唱せしめるに至ったのだが、この暗示には多分に智的ユートピアが含まれているとしても、それが将来の性倫理建設の参加者にとって多くの示唆を与えることは否めない

 私は本書が過去の性倫理に関する啓蒙的な著述で、新しい性生活建設の指標の1つとなるべきもので、この性的混乱時代にあたって何人も一読すべき好著であると思っていた折柄、アルスから話があったので、これが訳出を思い立ったのだが、出版を急いだので、不完全な点が多いだろうと思う。これは他日機会を得て足らぬところを補いたい。
 この書の翻訳にあたって、特に熱心なラッセルの研究家なる設楽亨氏から多大の助力を得たことを記して感謝の意を表する。なお、度々訳語について訳者の質問に答えられた中村星湖、宮原晃一郎両氏に謝意を表する。