バートランド・ラッセルのポータルサイト

中島力造・解説「ラッセル氏著『哲学論集』」

* 出典:中島力造(編著)『新著梗概』第8輯(目黒書店,1913年(大正2年)5月刊)pp.139-173.
* 原著:Philosophical Essays, 1910.

* 中島力造(なかじま・りきぞう/1858年 - 1918年):倫理学者。同志社英学校最初の学生のひとり。イェール大学に進学しPh.D 取得。イェール大学講師を勤めその後、イギリス、ドイツに留学。後に一高講師を経て東京帝国大学文科大学教授に就任し、倫理学講座を担当。

 小引(中島力造)

 原著者ラッセル氏はもと貴族の出なるが如く,現にオックスフォールドに住し,年歯漸く四十歳を超ゆ真面目なる学者にして著書多し。『ライプニッツ哲学の批判的解説』『幾何学の基礎に関する論文』『数学の原理』等あり。殊に氏は近頃に至りて英国における'新実有論'(ママ)の主唱者として著名なり。今ここに解説せんとする著書は一九一〇年の出版にして其巳前に種々の雑誌に載せたる論文を多少改訂して再び公にせるものなり。その最初三論文は倫理学に関し,後の四論文は認識論に関す,四つの中二は実用主義に関して論じ,次の一つは多少ヘーゲルに私淑(ししゅく)せる哲学者の真理説を論じ,最後に著者自身の真理説を平易に叙述せんと試みたり。左に順序追ふて本書の大要を解説すべし。

 略評(中島力造)

 以上は本書の梗概なり。原著者は数学者にしてツリニチー・カレッジのフェローなるを見るもその学術上の造詣を察すべし。本書の如き叙述の方法頻る(すこぶる)明瞭にして文章もまた平易なり。然れどもその論ずる所は哲学上いづれも重要なる問題に属するが為め十分に之を咀嚼し批評するには精読を要すべし。また著者が'善悪'を以って倫理学上'正不正'より重要なる問題なりとするは,多分公平なる学者の異論なき所なるべきも,'善悪'を以って円や正方形と同様に,事物に属する性質なりとするは,反対論者の容易に首肯し難き所なるべし。自由なる人及び数学の倫理的意義を論ずる篇は,簡単なる論なれども,大いに興味あり,また何となく力ある感を与ふ。'実有論者'と しての著者は'実用主義'を容るる能はざるは勿論なれども,実用主義の長所短所を指摘する点に於いて大体その当を得たるものの如し。最後に真偽に関する論文に於いて,本質と標準とを区別し,また真偽を以って判断或いは信念に就いて説きしが如き,思想穏健にして,また精神に於ける依存と独立との関係を説くが如き著者が,観念論と従来の実有論との弊を免れんとして苦心せる跡を察することを得べし。之を要するに,本書は著者自身もいへるが如く,常識的に平易に叙述せられたれども,問題の解釈に於いては未だ精密なりと言ふこと能はず。新実有論の倫理説及び認識論としては不満足を感せざるを得ず、人は更に一層詳しき著述を他日に期待せんと欲するものなり。(Y.Y生誌?)