バートランド・ラッセルの言葉



ユーモア・ウィット
  1. 変化は必要だというのは我々の口癖であることから,そのことは頭のなかでは(理屈の上では)理解している。
  2. ある日,学校(注:ラッセルが一時期経営していた Beacon Hill School)で,中くらいの背格好の少年が自分より小柄な少年をいじめているのを見つけた。
  3. 高等動物は全て,喜びを表現する方法を持っている。
  4. 大部分のアメリカ人は,アメリカの流儀は唯一自然なやり方であり,また,アメリカの統治形態は唯一自然な統治形態であると考え,(従って)アメリカ社会における弊害は,人間本性にとって不可避なものである,と感じている。
  5. 私は以前,この点について,米国政府の核に関する権威筋の主要人物の一人と放送討論を行いましたが,彼は,自分は'きれいな'核兵器(原水爆兵器)の製造法を発見した,またこの目的のための自分の研究は人道主義的動機からなされてきたものである,と誇らしげに言いました。
  6. 男性の脳の平均重量が女性の脳の平均重量より大きいことが分ると、それは男性のほうが女性よりもすぐれた知性を持っていることの証拠とされた。
  7. 昔々あるところに、ブタをこれ以上ないほど美味しいソーセージに変えるために精巧に組み立てられた、2台の'ソーセージ製造機'がありました。
  8. 偉大な本は全て退屈な部分を含んでおり,偉大な生涯は(これまで)全て退屈な期間を含んでいた。
  9. 私が12歳頃のある時,彼女(注:母方の祖母 Lady Stanley of Alderley)は私を部屋いっぱいの訪問客の前に立たせ,彼女が列挙した通俗科学の一連の本を読んだかどうかを私に質問した。
  10. 私は,彼(注:フランスの論理学者ルイ・クーチュラ)の晩年には--彼は国際語の問題に没頭するようになったため--彼との接触は無くなった。
  11. その刑務所(注:ラッセルが反戦運動のために第一次世界大戦のときに入れられたブリクストン刑務所)に到着した時,入所のための調書をとらなければならない入口の看守によって,私は大変愉快な気分を味わった。
  12. ドーラが(=ラッセル)私の看病をしたいと望んでいた時,日本の新聞記者は,彼女にインタビューに応じるよう求めてたえず彼女を困らせていた。
  13. ルネサンス期イタリアに一人の幼君がいて,死の床で聖職者から何か懺悔しなければならないことはないか(あるか)と尋ねられた。
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