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ラッセル『権力』(松下彰良・訳)

Power; a new social analysis, by Bertrand Russell
(London; George Allen & Unwin, 1938)


総目次

第18章 権力を手懐けること イントロ累積版

  1. 「孔子が泰山の側(そば)を通りかかった時,墓前ではげしく泣いている婦人に出会った。・・・」

  2. 民主主義の長所は消極的なものである。

  3. 以前のいかなる時代と同様に強いもの(傾向)として,寡頭政治(少数独裁政治)は「善良」な人々で成っているのであれば称賛できるものだと考える傾向がある。

  4. けれども,民主主義は,必要なものではあるが,権力を手懐けるために必要な唯一の政治的条件では決してない。

  5. 秩序(の維持)と両立しうる自由の程度についての問いは,抽象的には(理論上は)解決できない問いである。

  6. 権力を手懐けるという観点から,政治(統治)の単位の最適な規模に関して非常に難しい(諸)問題が出てくる。

  7. このように,ジレンマ(注:相反する二つの事の板ばさみになってどちらとも決めかねる状態)が存在している。

  8. 地方の利害や構成単位(種々の構成員)の感情が,連邦と結びついた利害や感情よりも強い時には常に,連邦制が望ましい

  9. 統治領域(統治範囲)がとても広くなることは現代世界においては全く避けがたい,と思われるであろう

  10. 民主主義が存在している場合においても,それでもなお,個人や少数派(マイノリティ)を暴政から保護する必要があるのは,暴政がそれ自体望ましくないからとともに,暴政はどうしても秩序の破壊へ導きやすいからである。

  11. 全ての民主主義/社会において,一定の明確に定義された執行機能のみを持つように意図された個人や組織は(も),チェックがなされないと,非常に望ましくない独立した権力を獲得する傾向がある。

  12.  けれども,この改革(改善)は必要ではあるが,(それだけでは)決して十分ではない。

  13. 法律を遵守する市民が,警察の不当な迫害から保護されるべきだとすれば,二つの警察権力と,二つのスコットランド・ヤードがなければならない。

  14. 次に論ずべき問題は,恣意的な権力を最小限におさえるのに必要な経済的条件についてである

  15. 土地の国有化及び大規模な経済組織の国有化に賛成する論拠(arguments 議論;論拠,理由)は,一部は技術的なものであり,一部は政治的なものである。

  16. 政治運動としての社会主義は,諸産業の賃金労働者の利益を促進することを目指してきた。

  17. 第一に,「所有(権)」は「支配(権)」と同じもの(概念)ではない。

  18. 右(上記)の一節に記述されている無力な個人(小株主)は無産階級(プロレタリアート)ではなく資本家だということは,注目すべきことである。

  19. 国家が株式会社(法人)の立場(place)にあった場合も,その状況(前述の事態)は本質においてまったく異なるものではない。

  20. マルクス主義者は − マルクスとエンゲルスの権威の結果 − 前世紀の40年代(1840年代)に属するいろいろな考え方を保持し続けており,いまだ企業(businesses)を個々人の資本家に属するものであるかのごとく想っており,所有権と支配権とを分離して考えることに由来する教訓を学んでいない。

  21. 従って,もし企業(economic enterprises)に対する国家の所有権(注:国有化あるいは公共企業体化など)や支配権が少しでも(in any degree)一般市民の利益になるべきだとするならば,民主主義は不可欠であるだけでなく,それは有効な(効果的な)民主主義でなければならないであろう。

  22. 民主主義から離縁(離婚)された国家社会主義の危険性は,ソ連(ソビエト連邦)における趨勢(注:the course of events:種々の出来事が辿った過程)によってよく例証されてきている。

  23. 単一の組織 −(たとえば)一つの国家− における権力の集中(化)が極端な形の専制政治の弊害を生みだすべきでないとしたら,その組織内の権力は広く分散されるべきであること,及び,従属する集団(配下の集団)が大幅な自治権(自主性)をもつべきであることは,必須である。

  24. 私は今や権力を手懐けるための(政治)宣伝の条件について論ずべき時に来ている。

  25. こうしたことの全ては,経済的な権力が資本主義の下(資本主義体制下)にある場合よりも,国家が経済的な権力を独占している場合の方が,より重要であるが,それは,国家の(経済に対する)権力は非常に増大されるであろうからである。

  26. 無責任な権力が,それが社会主義者のあるいは共産主義者の権力と呼ばれているという理由だけで,過去の全ての恣意的な権力の悪しき性質(特徴)を,奇蹟的に免れていると想像することは,幼稚な児童心理(nursery psychology 育児室や託児所の心理)に過ぎない。

  27. 権力を手懐けるための心理的条件は,いくつかの点(面)で,最も困難なものである。

  28. 信仰復興論者(Revivalist: 昔の習慣や思想を復活させようとする人)のもつ熱狂は、たとえばナチスの熱狂のように、それが生じさせるエネルギーと自己犠牲らしきものを通して、多くの人々に称賛(の念)を引き起こす。

  29. 戦争は専制政治(独裁)を促進する主要なものであり,無責任な権力を可能な限りさける体制(制度)を確立しようとする際の最大の障害物である。

  30. 教育がこの事柄(問題)でなさなければならないことは,二つの見出し(heads)のもとに考察できる(考えられる)。

  31. 民主主義体制下における男女は、奴隷でも反逆者でもあってはならず、一市民、即ち、統治(政治)に対する態度(governmental mentality)を正当な割合だけその分だけ(自ら)持ちまた他の人々も持つことを認める(ような)人物でなくてはならない。

  32. 実生活において民主主義を成功に導くのに必要な気質は,知的生活において(必要な)科学的な気質とまさに同じである。

  33. もし仮に私が教育を統制管理しているとしたら,私は子供たち(生徒児童)を,あらゆる時事問題について,あらゆる立場の,最も熱心かつ最も雄弁に擁護(主張)する人々 に触れさせ(expose to 〜にさらし),その人たちにBBC(英国放送協会)から学校に向けて話をさせたい(放送させたい)。

  34. 歴史の授業も同様の精神で行われなければならない。

  35. けれども,私は純粋に消極的な(否定的な))情緒的態度(をとること))を説きたい(preach 伝導する)とは望んでいない。

  36. これは自由主義的なものの見方と全体主義的なものの見方との間にある本質的な相違であり,前者(自由主義の世界観)は国家の福祉は究極的には個人の福祉(幸福)にあると見なす一方,後者(全体主義の世界観)は国家を目的と見なすとともに個人を単に欠くべからざる国家の成分と見なし,個人の福祉(幸福)は神秘主義的な全体(性) −それは支配者たちの利益を覆いかくすものであるが− に従属しなければならないと考える。

  37. (以上の)フィヒテが言っていることの全ては,自由主義教育家が達成したいと望んでいることの正反対のもの(アンチテーゼ)を表わしていると取ってよいであろう。