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バートランド・ラッセル「権力衝動という根本的原動力」

* 原著:Power; a new social analysis, 1938, chap. 1
* >出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典』


 動物の欲望は生存と生殖だけであるが、人間にはさらに限りなく伸び広がろうとする欲望がある。もしになれるならばなりたがるほどで、何ものもこれを妨げることはできない。
 欲望の中で、一番目立つのは権力欲名誉欲である。首相は名誉より権力を、王は権力より名誉を望む。その一番の近道は権力の掌握にある。
 マルクスと正統派経済学者達も、経済的私利追求を社会科学の根本的原動力と見る点で誤りを犯した。誤りを認めないかぎり、人類史上、いかなる時代を問わず、歴史を正当には解釈できない。
 エネルギーが物理学の根本概念であるのと同じ意味で、社会科学の根本概念は権力(Power)にある。エネルギーと権力には色々の形がある。今日、経済力こそすべての源だとする人が多いが、昔、武力だけを取りあげた純軍事的歴史家が犯した誤りと全く同じだ。
 権力もエネルギー同様、絶えずAの形からBの形へと移るから、社会科学の仕事も、この変形の法則を探し当てる作業でなければいけない。変形の一つだけを単独に指摘する危険を自覚し、避けるべきである。
 権力愛は人間の欲望の中でも最強の一つで、変形分布の状態も実にまちまちであり、勇猛者だけでなく、臆病者にも存在し、指導者への服従衝動にも変形する。万人生得の権力愛こそ社会科学の研究対象の中で最大のテーマである。
 社会力学の法則は、権力の種々様々な形を考え、権力の型を分類し、組織体と個人生活を左右する権力の獲得経過の中で発見されねばならない。
(挿絵: From: Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953.)