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バートランド・ラッセル「ナショナリズムの功罪」

* 出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典
* Source: Fact and Fiction, 1961, pt.2, chap.5: Pros and Cons of Nationalism.


 ナショナリズムは中世的体制の衰微と共に始まり、いずこもその起源は、外国の支配か脅威かに対する抵抗にあった。そして、勝ち誇ったナショナリズムは帝国主義になる。これは、英、仏、独に実現し、第二次大戦後、ソ連による東欧制覇に現れた。
 ナショナリズムは政治面と文化面とに分けて考察するのが望ましい。現代科学はこの民族主義、国家主義・帝国主義の歩みに、方向を転換すべき必要を教えた。核兵器の死の灰の前には、交戦国も中立国もなく、通常兵器時代の一切が時代遅れとなったからである。
 いかなる紛争も、国策伸張も、戦争手段に訴えてはならない時代に入った。
 国際的権威機関の存在が必須となった。安全保障理事会に拒否権のある限り、国連は統治機能を失っている。(安保理事会の利点は感情の冷却化をはかる点と、行き詰ると善後策を講ずる余地を残す点とに確かにある。)
 世界機関は'連邦制'であるべきで、その憲法には国家の対外問題(戦争・平和・軍備・他の国家の利益に直接影響する行為に関する諸問題)に対する規定を含み、国家の純内部問題(内政)に対してはほとんど従来通りの自治を許す規定を含むべきである。ただ、教育に関しては、連邦政府は指導・監督権を保持し、好戦的国家主義教育を絶滅させねばならない。

ラッセル英単語・熟語1500
 文化的に見ると、ナショナリズムには、今後も大きな価値がある。世界連邦的な統一を目指す戦争なき世界においても、芸術・文学の画一性は百害あって一利なく、無用な発想となる。
 古代ギリシアも文芸復興期イタリアも、政治的統一を欠き、崩壊した。文化の衰退を防ぐには、文化的独立性と政治的統一性との結合・調和の道を発見、育成すべきである。
 各民族の文化的な特徴と多様性とは、世界連邦の地球社会において、地球市民一人一人に個性的な生き甲斐を与える基盤となろう。
 要するにナショナリズムは、文化面で功を、政治面で罪を作って来たが、政治的統一世界でこそ、文化的多様性が発揮されるべきで、この両面の相補性の実現は、反核平和の'世界連邦'にある。 (注:イラストは、ラッセルの The Good Citizen's Alphabet, 1953 から)