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牧野力「『ラッセル思想辞典』の「まえがき」にかえて」
『ラッセル思想辞典』(早稲田大学出版部、1985年5月刊)pp.iii-ix.

* (故)牧野力氏(1909~1994)は、元早稲田大学政経学部教授
*『ラッセル思想辞典』目次
*谷川徹三「『ラッセル思想辞典』の発刊に寄せて

 バートランド・ラッセルは一九七〇年に九十八歳で逝去した英国の哲学者である。ノーベル文学賞を受け、反核・反戦・世界連邦運動に挺身した「理論と実践」の人である。
 一九四五年の原爆投下後、いち早く反核をうったえ、平和への脅威に対する警鐘を鳴らし、広く内外に呼びかけたのは、ラッセルであった。同年十一月二十八日、英国の上院で、水素爆弾の出現を予言し、政府に平和への努力を強く要請した。
 また、通常兵器による戦争と全く性格のちがう核戦争に世界が近づいていく現実を座視するに忍びず、一九五五年にラッセル=アインシュタイン宣言を、一九五七年に東西両陣営のノーベル賞受賞科学者によるパグウォッシュ会議の開催を実現した。
 一九六一年、八十九歳の白髪の老躯を自ら衆目に曝し、夫人をともなって非暴力・不服従の反核大衆運動の先頭に立った。二百年続く名門貴族の当主である彼の家柄を知る保守的なイギリス人、非凡な彼の学績を知る内外の学者や知識人、そしてデモに加わる老夫婦に好奇の眼をそそぐ一般大衆、これらの人々から受ける批判と誹謗、あるいは、共感と支援を媒材として、「核の危機」を内外に周知させた。一九六三年九月、全財産を投じて、「バートランド・ラッセル平和財団」を設立した。(同・日本協力委員会が、吉野源一郎・久野収両氏の尽力で生れたが、不幸な事情で消滅し、同財団・日本資料センターが岩松繁俊教授の個人的な努力で発足した。)
 しかし、ラッセルの平和運動は、原爆の出現に触発されて生れたものでは全くなかった。一九〇一年宗教人が「回心」と呼ぶところの心情に目覚め、一九〇三年(に発表された)『自由人の信仰』の中で述べた宇宙論的人間観と人生論に由来する彼の信念は、終生基本的に変らず、第一次大戦に具体的な行動の形をとって結実し、そして、その種子はさらに核戦争防止を目差し、世界に広く蒔かれたのであった。
 これは、彼の著書を通読する誰にとっても明らかなところである。彼が生前出版した著書六十余冊の中で、約三分の一は彼の専門研究分野である数理哲学、論理学、認識論に関する内容である。残る三分の二は、彼の呼び方によれば、「大衆の読みもの(popular books)」に属し、人間の生き方、ものの見方・考え方を示唆する人生論的著作である。
 彼は、愛・知識・知恵が個人に与える「良き生活」を人生の基本と考え、それを保証する全人類の協力による世界連邦制こそ人間が人間らしく生きる道と説く。個人の幸福と地上の平和とを結ぶ生き方をするために、政治・経済・社会・科学・教育・宗教・文化・軍事、その他の関連する問題について、何を、どう考え、どう改めるべきかを語る。それぞれ書名はちがっても、内容には相互に関連があり、目標には一貫性が読みとれる。
 誰でも平和に深い関心を抱く。誰でも幸福を口にする。そして心をくだく。だが、平和を妨害する根は広く、深い。妨害の中心に人がいる。根を複雑にからませるのも人である。これに気付く人は、どこから手を下せばよいか途方にくれ、諦めの気持から、結局、時勢の波に流されていく。
 しかし、ラッセルの平和案は粘り強く、天賦の才を生かし、網の目のように錯綜した平和妨害因子の仕組みを解析し、根源に迫る手を緩めなかった。これは主として、通常兵器による戦争を廃絶しようとする執念に示されていた。
 原爆から水爆の時代に入るや、彼の平和探求への所説は次に述べるA・Bの二点に絞られるように見受けられる。

(A)緊急目標と長期的常時目標

 一九六四年二月「新しい平和への道」の中で次のように述べている。(『自叙伝』第三巻所収)
 平和運動の上で、先ず第一に解決されなければならない問題は、人類全体に関するものである。その中で、最も重要なものが二つある。軍備撤廃と教育改革である。
 ラッセルは緊急目標として、「反核・軍縮」の大衆運動に参加したその瞬間にも、これと相補性の濃厚な、長期的目標を忘れなかった。それは「教育改革」である。この教育改革とは、軍拡を押し進め、戦争を引き起す底に必ずある人間の原始的情動性に対して無反省な「心情」を克服することである。原子物理学から掴み出された核兵器は「物体」であり、「道具」にすぎない。「作り、使う」が故に、最大の殺人凶器となる。元凶は人間の外にある物ではなく、人間の内にある心情の病である。この病根の摘出こそ、核時代の教育の役割である。教育改革の目標は、世界連邦市民としての真の自覚、この自覚に基づく国際協力、これに貢献する新しい倫理的価値体系を身につけさせること、人間が人間らしくかつ経験による立証精神で生きるように導く教育実践と教育技術の体系付け、にある。
 人間の生命の生長原理と、その生態に即した彼のこの「平和への構図」を、現実に対応しない迂遠な寝言と見るべきだろうか。
 目の前の米ソの対立は、信条の違いによるとされるが、つまりは人間の生き方についての、内実は行き過ぎた狂信の対峙である。人類の死滅の前に信条の存在意義があるだろうか。「自由と民主主義」も「生産と分配の社会的公正」も共に、人間生活の幸福と公正とを望む「良心と知性」から生れた両極を代表する訴えであり、相補的関係をもつ。」しかし、それらの信念から生れる発想によって多数の人間を巻き添えに、人類絶滅に追いやる手段方法に固執するのは、正に自家撞着である。ラッセルはこの点を踏まえて、信条の正体を験証精神で洗い直す必要がある、と説く。
 国策の遂行を戦力に訴えることは、この核時代に特に支持されないのにもかかわらず、米ソ双方の指導層には、一分の勝ち味を夢見る狂信派がいる。米ソが共に抱えているこの病根は、信条の名による過剰な独りよがり、優位追求心、猜疑心、恐怖症、相互不信、である。最近の米ソ双方の軍縮政策担当官らは共に、問わず語りに、核軍縮の行詰りが、結局双方の体制化した相互不信から生れている事情を物語っている(一九八三年五月二十五日号、朝日ジャーナル増刊号「核軍縮実現への道」参照)。
 これこそラッセルの病根摘出作業の必要性を如実に示す実例ではあるまいか。抑止論も均衡論も、軍事技術の日進月歩の向上・進歩の中では、狂信と相互不信に裏打ちされて、逆に、軍拡を誘導する触媒・助成剤にしかならない。
 パグウォッシュ会議日本代表評議員・豊田利幸教授の報告「反核思想の深化と実践」(昭和五十七年十月七日付朝日新聞夕刊)によれば、(イ)科学技術の発達により、通常兵器と核兵器との差がなくなりつつあり、また、軍事科学の向上で、通常兵器と核兵器とのいずれについても、攻撃的とか防禦的とかの差が原理的にも実際的にもつけにくくなって来た由、この現実により軍縮交渉の技術面の複雑・多岐化が進み、全体的なバランスをとることを一層困難にし、交渉か駆け引きかの口実が増えるだけとなる。軍事技術の進歩の背後で、信条戦争という病根は肥大していく。ラッセルは、病根摘出の必要を自覚しないかぎり軍縮の前進はない、と言う。ここに二目標の相補性がある。
 ラッセルは人類の闘いを、(一)自然との闘い、(二)人間対人間の闘い、(三)人間の自己との闘いとの三種に分けた。そして現代を(二)から(三)へ移る時代と見る。核の危機に直面して、人類存続のために、相互不信の実体、信条戦争の正体を見抜く必要があり、この必要を万人が悟らぬ限り、反核・反戦への努力も一切空念仏に終る。兵器を「作らぬ・使わぬ」という地球市民たる自覚が病根摘出作業の第一歩である。
 しかし、不信解消も病根摘出の努力も、対立する米ソ双方のいずれにも期待できない。狂信家の対立だからである。では、このまま対立の渦中に巻き込まれていく外ないのだろうか。ラッセルはそこで、物理的にも心情的にも米ソ対立とその勢力圏拡大競争とを「迷惑」であり、「不当」と感じて、「中立」を望む国々とそれらの市民らとの役割に着目する。

(B)中立志向国群とそれら市民による国際的連帯活動の広域化・多様化・強化策の推進

(一)核戦争の被害には交戦国と中立国との別はない。通常兵器戦争時代の中立国であることの特典と実効は、皆無となることが明らかである以上、中立志向国は結集し、一方で米ソ不戦のために、他方で国際的生存権のために積極的な主張を行うべきである、と説く。
(二)紐付き援助という米ソの勢力圏拡大策の下に置かれている途上国に対し核の危機を周知させ、中立志向国として結集する国際集団は、南北問題の解決と途上国の自主性の育成とに努めるべきである、と説く。
(三)世界を二分する米ソ支配の地上で、当の米ソがあてにならない以上、人類の新秩序創造への地ならしのために、広く、多様に、国際的に結集して、市民活動を始める以外に打開の契機はない、と説く。

 右の(A)(B)、二点に見られるように、ラッセルは、「核の危機」に恐怖を感じ、戦慄・絶叫する心情、姿勢に足踏みせずに、「危機」の示す負性(マイナス)と、「病根摘出」という苦業の負性とを相乗して、逆に危機を打開するということに生甲斐を感じ、積極的な知的創造への意欲に生きるよう、要請する。
 験証精神に生きる実際家として、ラッセルは、常に客観的に物事、事態を両面から、柔軟、精緻に観察・思考する両辺思考家であるので、一方で恐怖・戦慄・絶望を、他方で生甲斐・知的創造の展望に思い及ぶ。人間は両辺の双方が主張する内容を同時に採択・実行できない。しかし、できない事情を十分に配慮する場合と、全く対立に拘束されて、相手を無視し、配慮しない場合とは、現実には全く別な様相を生む。対立のみに流されない両辺思考の価値と実効とはここにある。
ラッセルの『変りゆく世界への新しい希望』の表紙画像  ラッセルが、人類破滅か、中立国の市民らの結集と創意工夫による地上の平和秩序創造か、という二つの道の選択を示唆したのは、主に、『変りゆく世界への新しい希望』(邦訳書名『原子時代に住みて』一九五一年)の中においてである。
 これは、自ら「知性人」と自負・自称する人類に、その貫禄と権威とを十分に発揮して、原始的衝動に安住・情動してしまおうとする「病根」を取りのぞくよう、要請するものである。
 つまりは、人類への彼の遺言ともいえる。ラッセルは二十世紀後半から二十一世紀を「験証精神と知恵を生かす知性活用の時代」と考えている。有限な存在として、宇宙における悲劇の登場人物である人間が救いを求める宗教的心情は不可避であるとしても、結局自己を裏切る破目になる迷信、軽信、狂信への宗教を反省せよ、と説く。一方で、核兵器を創造した知性は、他方で、その気になれば病根摘出の術を示して、生甲斐ある創造への道を啓開させうる。また、諸宗派の祖師や社会変革者らの指標への接近も不可能ではない。物的諸条件が、人類の手の届く所に現代科学技術によって用意されている、と彼はみるのである。今まで人類は技術に賢く、生き方に愚かであったと嘆きつつも、反省と立ち上がりを求めている。
 以上のラッセルの「平和への構図」には、われわれにとって、他山の石として役立つ示唆があるのではないかと思う。これが、ラッセルの「考え方を示す辞典」として本書を出版する動機の一つである。
 そもそも筆者の最初の夢は、『バートランド'ラッセル用言索引(コンコーダンス)』を、日本中の愛好家、研究家、翻訳家が参集・協議・分担して、英和対照で出版することであったが、結局、「手作り」のこの『辞典』が生れた
 たとえ、個人的企画であっても、ラッセルの専門研究分野の著書に筆者は門外漢であるので、それぞれの専門的な学識のある先生方に御援助、御執筆をお願いした。


 執筆者及び執筆分担(分担範囲を四部門に分けた)

一、専門学者(としての)ラッセル。(数理哲学、論理学、認識論関係)
  ・前原昭二(理学博士、東京工業大学教授)
  ・遠藤弘(早稲田大学教授)
  ・藤川吉美(成蹊大学講師)
二、反核平和運動家(としての)ラッセル。(バートランド・ラッセル平和財団設立後の反核平和運動関係)
  ・岩松繁俊(長崎大学教授、バートランド・ラッセル平和財団日本資料センター所長)
三、人間教師(としての)ラッセル。(「大衆の読みもの」の系統に属する著書内容関係)
  ・牧野力(元早稲田大学教授)
四、人物研究の対象としてのラッセル。
  ・日高一輝(相模女子大学講師)
五、資科等
  「ラッセル研究資料提供」
  ・松下彰良(一橋大学図書館司書(=当時),「ラッセルを読む会」世話人)
  「原書目次一覧その他編纂」
  ・牧野力


 本辞典は左記の方々のお力添えがあって、出版できました。心からお礼申し上げます。講演・執筆にお忙しい折に玉稿を賜った谷川徹三先生、出版企図の時点でモラル・サポートを頂いた市井三郎先生、著作権関係で色々御教示下さった美作太郎先生、分担執筆に御協力下さった諸先生、出版助成費を交付して下さった早稲田大学そして企画決定から五年間余り、辛抱強く、かつ温かく何くれと御協力下さった出版部の方々に感謝申し上げます。
  昭和六十年一月  牧野力