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『ラッセル幸福論』(松下彰良・訳)
The Conquest of Happiness.
(London; Allen & Unwin, 1930)

総目次(Contents)

第2部「幸福をもたらすのも」 第16章「努力と諦め)」 (Work) イントロ累積版
  1. '中庸'(ちゅうよう)は、面白くない教義であり、私は、若い時には'中庸'を軽蔑と憤りをもって退けたことを覚えている(The golden mean is an uninteresting doctrine, and I can remember when I was young rejecting it with scorn and indignation, since in those days it was heroic extremes that I admired)。・・・。
  2. 男女を問わず、生きていくために働かなければならない人であれば誰でも、この点で'努力する必要性'があることは明らかであり、強調する必要はない。・・・。
  3. 子供を立派に育てることに伴う努力の量(の多さ)はきわめて明らかであり、おそらく、誰もこれを否定するものはいないだろう。・・・。
  4. しかし、'諦め'にも、また、'幸福の獲得'において果たすべき役割があるのであって、'諦め'は、'努力が果たす役割'に劣らず、必要欠くべからざるものである。・・・。
  5. これまで考察してきたケースは、'諦め'が最もむずかしいケースである。・・・。
  6. 活動的な人びとの多くは、ほんのわずかな一片の諦め、ごくかすかなユーモアのひらめきが(でさえ)、仕事をするエネルギーや、成功をかち得る−−と彼らが思いこんでいる−−'決意'を、打ちくだいてしまうだろう、と考えている。・・・。
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