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バートランド・ラッセル「倫理学と科学」

* 原著:Human Society in Ethics and Politics, 1954, chap.1
* 出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典


 科学と倫理学とが異なるのは、'倫理学の基本的素材'が感情や情動であり、知覚されるものではないという事実にある。このことを厳密に理解しなければならない。素材というのは、感情そのもの、情動そのもののことであり、人間に感情や情動があるという事実のことではない。感情や情動が実際にあるのは一つの科学的事実であり、他の事実同様、通常の科学的方法で知覚によりそれを知ることができる。だが、倫理的判断(例:独裁者は暗殺してもよい。)は一つの事実(例:独裁者は暗殺してもよい、という感情を発言者が持っているという事実)を述べることではない。判断(~してはいけない。/~したほうがよい。)は偽装されていることが多く、(本人や集団等の当事者の)希望か恐怖、あるいは欲望か嫌悪、愛好か憎悪かを述べている。・・・。倫理的な文章は、単に事実を積み重ねるだけでは立証することも、反証することもできない。
 感情と倫理との間に関連性があることは、感覚のない物質から成り立つ、純粋に物質的な世界(の存在)という仮説を考えてみれば容易にわかることである。そのような(生命のない)世界は善くも悪くもないし、そこには正しいことも間違ったこともないだろう。・・・。
 このように、倫理学生命と結びついているが、その生命は生化学者によって研究される自然科学的過程としての生命ではなく、喜びと悲しみ、希望と恐怖など、われわれ人間をしてある世界を他の世界よりもより好きにさせるような、同系列の対語で構成されるような生命である。

Ethics differs from science in the fact that its fundamental data are feelings and emotions, not percepts. This is to be understood strictly; that is to say, the data are the feelings and emotions themselves, not the fact that we have them. ...