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牧野力(編)『ラッセル思想辞典』より

今この瞬間の敵

(From: Authority and the Individual, 1949.)

 人間は各時代に二種の不幸に見舞われて来た。1)外界・自然から受ける不幸と、2)人間が誤って相互に加え合う不幸である。
 人間は猿ほど敏捷ではなく、虎ほどどう猛でもなく、毛皮の被いもないので冬の寒気に耐えられなかった。だが、二つの生物学的利点、すなわち、1)直立歩行の姿勢から手を使う術2)大脳の発育による経験伝達力とで、遂に人間は文明を築いた。

 現代に近づくにつれ、外の自然に人間が隷従する度合は、科学的知性の成長の結果、急速に減った。飢饉・疫病も防止策で年とともに減った。労働は今なお必要だが、過労を愚とみなし、平和と協力があれば、過労なしに共存できる見通しを現代科学技術が保障している。
 だが逆に、人間が互いに加え合う害悪は、科学的知識技術の誤った使い方によって生れ、しかも増加しつつある。未だに、戦争、圧政、残虐行為が、貧欲な人間によって巧妙に行われている。善人をだまし、富を奪い、権力愛に根ざした大規模な独裁政治が続けられている。

 恐怖、深層のほとんど無意識な恐怖は、非常に多くの人々を支配する動機であり、相互不信の源泉である。戦争や破壊的衝突を、闘争本能から類推して、「人間性の要求」として肯定的に考えるのに私は反対する。それは誤った類推であり、無知な臆病にすぎないからである。
 闘争衝動には肝要な役割があり、有害な形のものは減少している。窮乏の心配がなければ所有欲も鎮静化し、権力愛は他人に危害を与えない多くの方法で満足させうる。欲望に正しい吐け口を与えれば、他人に危害を与えない。この可能性を現実化するには、創意の自由を奨励することが不可欠だ。現代の世界は善への可能性と悪への可能性とに満ちている。
 目前の危険は何にもまして、現在人類一人一人が己の能力を抑えて、正しい方向に向けて自制せず、また、科学的技術が戦争防止の客観条件を備えているのに注目しないことである。依然として、人間同士の相互不信に引き回されている無知と愚かさこそ、人間自身の抱える現代の敵そのものである。つまり敵は、核兵器を作り、使う気を起す人間の心そのものである。