"バートランド・ラッセルのポータルサイト

バートランド・ラッセル「龍(宗教)を殺せ」

* 原著:Has religion made useful contributions to civilization?, 1930
* 出典:牧野力(編)『ラッセル思想辞典』所収


 ・・・。(全能の)人間を創造することを決意された時、人間が犯すであろうを前もって知っていたとするならば(「全能」である以上、知ることができたはずであるが。)、神はそれらの罪のすべての結果に明らかに責任がある。普通のキリスト教徒の議論は、この世の苦痛は、'罪の清め'であるから善いことであるとする。これはサディストの言い訳にすぎない。・・・。
 人間の恐怖心と嫌悪感とを利用する(キリスト)教会への私の根本的な抗議は、これらの感情は教育的・経済的・政治的改革で人間性からほとんど全部排除され得るのに、(キリスト)教会がその邪魔をしている点にある。一般の'キリスト教徒'は恐らく無意識的であろうが、嫌悪と恐怖とを抱く人々は、逆にこれらの衝動を礼賛するし、承認し、永続させている。
だが、'嫌悪と恐怖'とを社会悪に直結させずに、排除させることこそ教育改革の基礎であるべきである。
 子供を大切に扱い、恐怖心を抱かせずに、現代世界の不正、残酷、悲惨を過去の遺産と考えさせ、その終局的根源は経済的なものと教えるべきである。(たしかに昔は、生きていくためには、生存競争がさけられなかった。現代にあっては避けることは不可能ではない。)これを悟り、現代人が真剣にその気で取り組めば、現代の産業技術によって、現在より幸せに生活する条件が備わってきたのである。
 幸福を確保する知識・技術はあるのに、それらをその目的に使う上での主な障害は既成宗教の教えである。
 宗教は、子供達が合理的な教育を受けられないようにしている。宗教は現代人が戦争の根本的な原因を取り除くのを阻止している。宗教は、古い峻烈な'罪と罰'との教義の代りに、科学的協力の倫理を育てようとするのを邪魔している。人類は今こそ黄金時代への入口に立っているとも言える。もしそうだとすれば、まず第一に、その入口の扉の前に立ちはだかる龍を殺す必要がある。宗教こそ、この龍である。
 If God knew in advance the sins of which man would be guilty, He was clearly responsible for all the consequences of those sins when he decided to create man.