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「鏡」の観念(拝啓バートランド・ラッセル様)

* 出典:R.カスリルズ、B.フェインベルグ(編),日高一輝(訳)『拝啓バートランド・ラッセル様(市民との往復書簡集)』

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 '・・・。先週わたしは、フォックス・テリア(fox-terrier: もと狐狩用)について、ある老人と話しをしていました。わたしは、自分が飼っているフォックス・テリアは、おとなしい犬なので好きだけれど、見知らぬ人間だということで、一日中吠えたてるようなテリアは嫌いだと私は言いました。・・・。(すると)その老人は、「そうですか。その(あなたのおとなしい)犬の前に鏡を置いてご覧なさい。そうしたら犬は、何か吠えたてる相手をそのなかに見つけるでしょう。」と言いました。・・・。
 現在では私は、人々が懐いている宇宙の観念は、いわばこの「鏡」の観念に基づいているといってよいだろうと考えています。すなわち、人間はこの宇宙の起源がわからずいらいらしており、(多種多様な)「鏡」がすべての宗教と'イズム(主義)'にあたると思っています。・・・。
 将来、たぶん人間は、その人生の基礎を、クラブ、すなわち、個々の、教会、村、国などには置かなくなり、精神もしくは心(知性)がついに区画(仕切られた空間・個室)の観念(the idea of compartments)から解放されるようになるまでは、大した進歩はありえないということを発見しはじめるでしょう。"

(ラッセルからの返事・1960年5月24日付)
拝復 ミス・ハンキンソン様

 わたしは、犬に何か吠えたてるものを与えるという老人の話がとても好きです。わたしは5歳のときに、おとなしい鳩を何匹か飼っていましたが、そのなかのある雄の鳩を鏡の前に置くと、その鳩は激しく鏡をつっ突き、続いて、そのいまいましい鳥を見つけようと、鏡のうしろに回り込みました。この出来事は、4大国(第二次大戦後の米、英、ソ連、中国)の会議にそっくりです。
 あなたの書いておられる社会的結合力(social cohesion)というのは長い歴史があります。その起源については、Arthur Keith 卿の『人間進化の新理論』(New Theory of Human Evolution)をお読みになれば十分な説明が得られると思います。
 過去においては、また大多数の人々にとっては今でもなお、社会的結合力は、ライヴァルの部族にたいする恐怖から促進された、一部族の問題(a tribal affair)です。これは、世界政府を擁護する際に心理的困難を生じさせるものとなります。
 わたしの小著『権威と個人』(The Authority and the Individual, 1949)の中に、この問題を取り扱った個所があります。・・・。
 敬 具 バートランド・ラッセル(松下注:挿絵は、B. Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953 より )

'... I rather like your old man's suggestion for giving the dog something to bark at. When I was five years old, I kept tame pigions and, if I put a cock pigeon in front of a mirror, he would peck at it furiously and then run round to the back in hopes of finding this disgusting bird there. ... '
(From: Dear Bertrand Russell; a selection of his correspondence with the general public, 1950 - 1968. Allen & Unwin, 1969.)