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『ラッセル自伝』(松下彰良・訳)

The Autobiography of Bertrand Russell
(London; Allen & Unwin, 1967-1969. 3 vols. illus. port. 25 cm.)


総目次

第2巻(1914-1944)第5章(通しで第12章):テレグラフハウス時代の末期 累積版

  1. 私がドラのもとを去ってからも、彼女は第二次世界大戦の勃発後まで学校経営を続けたが、1934年以後は、もはやテレグラフ・ハウスにはいなかった。・・・。(When I left Dora, she continued the school until after the beginning of the Second War, though after 1934 it was no longer at Telegraph House. )
  2. 『自由と組織』(Freedom and Organization, 1934)を書き上げると、私は、テレグラフ・ハウスに戻り、ドラにどこか他のところで暮らすよう言おうと決心した。・・・。
  3. しかしこの態度は、知らず知らずのうちに、誠意のないものになっていった。・・・。
  4. 私は、誇張したいとは思わない。・・・。
  5. 私とピーター・スペンス(Patricia Spence)とは、私の両親の短い生涯の記録である『アンバーレイ・ペイパーズ』(の編纂に)に、約一年半を費やした。・・・。
  6. 私の次の著作は、『権力−新しい社会分析』(Powr, a new social analysis, 1938)であった。・・・。
  7. 1936年、私はピーター・スペンスと結婚した。・・・。
  8. 『権力』を書き上げたあと、私の思索が再び理論哲学に向かっていることに気付いた。・・・。

第13章