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吉田夏彦「議論について」
『ラッセル協会会報』n.19(1971年10月)巻頭言(=p.1).


 ラッセルは多方面で活躍した人であるから、彼の愛読者の関心も、さまざまにわかれていると思う。晩年の彼のファンには、平和主義者が多かったことであろうが、たとえば軍国主義者でありながら、彼の哲学書を好んで読むということも、十分可能である。特に現在(=1971年)の日本では、平和主義者であることと、コンフォーミスト(注:時流に従うもの)であることとが、ほとんど同じことであるから、ノン・コンフォーミストとしてのラッセルに共感することは、必ずしも平和主義者であることと直接はつながらないのである。
 ラッセルにかぎったことではないが、欧米では、一般に奉ぜられている意見とは、まったくちがったことを、平気で主張する人間が、よくあらわれるようだ。社会的な圧力に屈しない勇気があるためともいえるが、反面からいえば、そういう発言に一応対等の権利を与えるだけの社会的習慣ができているからでもあろう。

 日本では、まだこの習慣は確立されていないようである。もちろん、'言論の自由'は、昔にくらべると、大幅にひろがった。今では、何をいってもそれだけで罰せられることはまれであるし、書いたものを印刷するのにも、かなりな自由がある。特に、検閲はなくなった。
 しかし、一つの論点をめぐる発言は、たいがい、二つか三つのきまりきったパタンにはまるものばかりであり、それ以外のものは、たまたま発言者があっても、ほとんど相手にされないのがふつうである。発言をしただけで肉体的に苦しめられることがないのは、ありがたいことにはちがいないが、しかし、月なみなこと以外のことをいうと相手にされないというのでは、その発言は、発言としての効果は、ほとんどないことになる。少し具体的な例でいうと、外交問題をめぐって今世論はわいている。しかし、それにからむ、台湾の問題で、毛政権の支配にこれをゆだねるべきであるとする発言と、蒋政権の支配下にとどめておくべきであるとする発言はみられるが、台湾独立論を支持する発言は、きわめて少ない。まして、日本に併合すべきだとか、国際統治地域にすべきだとかする発言は、活字の上では、ほとんどお目にかかったことはない。おそらく、日本に併合すべきだという議論をするものがあれば、たちまち侵略主義者だというレッテルをはられて、公共の発言場からは追放されてしまうのであろう。誤解のないようにことわっておくが、筆者は、台湾を日本に併合せよという意見を支持するものではない。しかし、そのような意見を、ただちに侵略主義ときめつけるであろう人達のうちに、いわゆる「平和愛好国」の「神聖な領土」が、過去何千年の侵略によって成立したものであることを念頭においている人がどのぐらいいるであろうかを問題にしてみたい気はするのである。

 一見、どんなに奇矯にみえる発言についても、その根拠は何かとじっと考えながら耳をかたむけ、また、相手を攻撃する論点が実は自分の主張に対しても適用されないかどうかを吟味してみるだけの余裕のある人同志のあいだでこそ、はじめてほんとうの議論はなりたつのである。しかし、今の日本では、立場の左右を問わず、相手の一言をきいただけで「そんな馬鹿なことがあるものか」といきりたつような議論のたてかたが流行している。こういう議論の支配する場所の中で、ラッセルを位置づけ、彼に応援するとすれば、それは、ひいきのひきたおしで、ラッセルの思想を生かすことにはならないであろう。ラッセルの結論には反対でも、議論のやり方は彼に近い人こそ、ラッセルの友だといえるのではあるまいか。(吉田夏彦、当時・東京工業大学教授)