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(日本のラッセル研究者・関係者の発言)
永井成男

・・・。私のラッセルへの関心は、彼の数理哲学や社会科学にとどまらなかった。彼の社会・倫理思想からも決定的と言えるほどの大きな影響を受けた。ラッセルの社会・倫理思想への関心は、理論的な側面にとどまらなかった。彼の個人的、社会的な実践活動に示される思想と行動の一致は、日本人にみられがちの立前と本音が一致しない二重構造に、公的、私的な憎悪感をいだいていた私には、素晴らしい魅力であった。(詳細は、『ラッセル協会会報』n.15のp.5-6 参照)

(ラッセルの無限論と論理主義の立場)

 数学基礎論の代表的な立場に論理主義、直観主義、形式主義の三つがあるが、ラッセルに代表される論理主義は、大体次のような根本主張を指している。論理学は'記号論理学として'数学に属し、あらゆる数学に共通な基礎部分であるというにとどまらず、さらに論理学以外の他の全数学(応用数学を除く)は、結局は論理学に還元できるのであり、'論理学のみから全数学を論理的に導出'できるのである。ホワイトヘッドとの共著『プリンキピア・マテマティカ』三巻は、この主張を厳密に論証した画期的な大作であるが、そこでは論理学からは導出できない三つの公理を新たに仮定しなければ数学を導出することができないという、ラッセルの論理主義の限界をも明らかにする結果となった。しかし、後継者たちの努力によって、この欠陥は一応除かれ、論理主義の立場は維持できるのであるが、この点については数学基礎論の専門家の間でも案外に知られていない。いや表面的には知られていても十分には理解されていないというべきかも知れない。・・・。今日では論理主義は歴史的な価値しかなく、時代遅れであるというような偏見が専門家の間で常識化される傾向さえ見られる。論理主義が数学基礎論の現況においては主流になり難いということならば、それ相当の正当な理由が指摘できる。だが、論理主義が時代遅れの思想であるという一部の専門家の見方は偏見にすぎず、哲学と科学の正常な相補的関係を知らない哲学嫌いの頑固な一部の数学者の科学主義的謬見なのである。・・・。(詳細は、『ラッセル協会会報』n.5 参照)