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沢田允茂「バートランド・ラッセルとホワイトヘッド- 二つの異なった流れ-」

* 出典:講談社版・人類の知的遺産v.66「ラッセル」月報n.23より(1980年2月)
* 澤田允茂(さわだ・のぶしげ/1916~2006 年4月14日):哲学者、慶應義塾大学教授/日本哲学会会長、日本科学哲学会長などを歴任。大森荘蔵氏らとともに日本の科学哲学の先駆者として知られた。「少年少女のための論理学」で毎日出版文化賞受賞
* 日本ホワイトヘッド・プロセス学界

ロジ・コミックス ラッセルとめぐる論理哲学入門 [ アポストロス・ドキアディス ]




 一九一〇年から一九一三年の間に出版された、ラッセルとホワイトヘッド共著の「数学原理」(Principia Mathematica) は決して哲学に興味をもつだれにでも問題を投げかけたような本ではなかった。それは数学者または論理学者にとっては革命的な前進の第一歩であり、一つの新しい出発点でもあった。しかし哲学にとっては、それは一つの新しい哲学の提出ではないという理由で、直ちにある反響をひき起すようなものではなかった。しかし学問の方法論という問題 (これはべーコン、デカルト、カントなど近代のある哲学者たちにとっては哲学の最も重要な問題に属すると考えられていたのだが) に関していうならば、それは従来の諸々の学問はもとより哲学それ自身を構築していくときの最も基礎的な考え方の方法としての論理学における新しい展開であったが故に、その後の哲学や他の諸々の学問の方法論については、きわめて緩やかではあるが、同時に非常に根本的な、いわば構築法の変改につながるものであった。二人の哲学者の共著として出版されたこの本それ自身のもつこのような方法論的な革新の試行錯誤的な途の中に身を置き、自からも試行錯誤をくり返しながらその同じ途を歩んだのがラッセルだとすれば、ホワイトヘッドの方ははその著作がひき起こした新しい方法論の試行錯誤的な展開よりも、その途の終着点と考えられる一つの世界観、一つの哲学を自分なりに構築し体系的に提示することの方に興味を持ったと云うことが出来る。ラッセルとホワイトヘッドの二人の名前で出版されたこの「数学原理」は二人の哲学者の唯一の合一であって、それ以後二人は全く触れ合うことのない二つの異なった哲学の途を歩み、それぞれその途の中で大きな業績を残すのであるが、その途が異なると同じように、二人の為し遂げた業績にたいする評価と、人々に受け入れられる仕方も夫々違っている。
 ホワイトヘッドが近代科学の領域ごとに分断された科学的知識の在り方とその成果の背後に人間をも含んだ全自然の一つの有機的な全体構造を看取し、そのような眺望の下に全体的で包括的な一つの世界像としての哲学を仕上げていったのに対して、ラッセルはその論理学の新しい体系づくりを除いては一つのまとまった、包括的な世界像にもとづく哲学を形成するということはしなかった。彼の哲学上の考え方は時代と状況によって絶えず変貌して行き、一つの全体にまとめ上げられることは不可能であろう。
 常に新しい学問上の展開に即応して古い問題を捨て、新しい問題の提出の仕方をしなければならなくなる。ある意味でラッセルのこの態度は科学者のそれと共通であり、一人の哲学者ではなくて科学全体の成果とその歩みに自分を合わせていくという(科学者としては当然の)誠実さにもとづいている。彼は自分の提出した新しい方法論上の基礎の意義をみとめる人々の間にまじって新な展開のための議論を刺激することによってその中心的な役割を果していく。
 これに対してホワイトヘッド的な途は一人の哲学者の独自の個性と洞察力によって仕上げられる芸術作品にも似た独創性の円熟の途を歩む。彼の哲学はしたがって他人の議論を批判し刺激することによって新しい展開を他の人々や若い世代にひき起すといった種類のものであるよりも、彼の思想や世界観全体に賛同し、それに魅せられ、彼の思想をもっとよりよく理解しようとする人々の共感と愛着のなかにその生命をたもちつづける種類のものである。したがってホワイトヘッドの業績は彼個人に始まり彼自身で終結する。今だに世界中にホワイトヘッドの哲学の愛好者と研究者が数多くおり、彼の哲学を主として研究するグループも多く存在する。日本にもつい最近、「日本ホワイトヘッド・プロセス学会」が設立された。勿論、ラッセル協会なるものも存在する。しかし彼の哲学それ自身に魅せられたという人は少ないし、彼の論理学の体系も現在では歴史的な記念碑という以上の現在的価値は与えられていない。彼の論理学と哲学は同時代のある人々の中に新しいエネルギーとして移し込まれて発展した。ラッセルにとっては固定し完結された思想のシステムが哲学ではなくて、絶えず新しい問題を追いかけ、その時々の解決への努力の中から、また新しい問題を発見していくという、その哲学的ドンファンの精神こそ哲学だったのであろう。どちらも哲学の求めているものの中にかくれている二つの極地だとも云える。そしてラッセルのような哲学する態度は、従来の日本人の哲学的態度とは異質なものであるかもしれない。しかしそこにラッセルの一つの魅力が在るとも云えるだろう。(慶応義塾大学教授)