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ラッセル卿の孫娘、焼身自殺−インドシナ戦に絶望?−
『朝日新聞』1975.04.15 夕刊掲載

*Ray Monk は、Bertrand Russell; the ghost of madness, 1921-1970 のなかで、Lucy の自殺の動機は、「ベトナム戦争」に抗議するためではないとしている。詳細は、同書参照。写真(「1968年、19歳頃のルーシー」)は、同書より


[ロンドン14日、浅井特派員]

 英国が生んだ偉大な哲学者バートランド・ラッセル卿(1872-1970)の孫娘が焼身自殺した。ランズ・エンド(地の果て)と名付けられたイングランド最西端の静かな町。セントバリアン協会の庭の、死者をとむらう十字架の下で、灯油を全身に浴び、マッチで火を放った。今月11日(1975.04.11)の昼下がりの出来事である。ルーシー・ラッセルさん、26歳。
 遺書はない。そこで友人達が指摘するのは、インドシナの戦闘激化に対する一種の絶望と抗議の入りまじった自殺説だ。
 ラッセル卿といえば、ノーベル文学賞を受け、膨大な論理学、哲学の著作で知られるだけでなく、「行動する知識人」として、世界の科学者に訴えて、「パグウォッシュ会議」を設立、原水爆禁止運動を進め、ベトナム反戦運動でも先頭に立ったことで有名。その一生を尊敬していたというルーシーさんが、インドシナの戦火が一段と燃えさかる今、焼身自殺という英国人には異常な手段で死を選んだことで、「平和を訴える自殺説」が出てきたのもうなずけないことではない。
 ルーシさんの死は、ロンドンの全国紙ではほんの小さく、単に事実が報じられただけだった。「ベトナム」に触れたのはただ一紙。警察の調べを待ってから書くという姿勢の強い英国では、当たり前の扱いである。