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「(ラッセル)'宗教は虚偽・有害なり'」(牧野力)
『ラッセル協会会報』v.8(1967年7月刊)p.7.

* 牧野力氏は当時、早稲田大学政経学部教授、ラッセル協会常任理事


 一九六七年五月十九日解禁という指定のついたインド経由の外電によると、ラッセル卿は九十五歳の誕生日の記念インタビューの発言としてか(未確認であるが)、次の趣旨の記事が発表されている。(研究社発行『英語研究』八・九月号)
 相手を邪悪視し、自己の優越感を反省しない者は、東西両陣営の冷戦に似ている。
 うぬぼれ根性から、尊大になったり、逆に劣等感にとらわれたりする。人間めいめいには全く独特のとりえがある。己を隣人より優れても劣ってもいないと心底から悟れば、真の平等意識が身につき、争いも少なくなり、迷信のとりこにもならない。
 今、人類は破滅の危険にさらされ、西欧全体に宗教復活の兆候があるが、これは恐怖心の産物で、見当ちがいな考え方である。人類を却って誤るものである。

 第一次大戦の発生にキリスト教は大いに関係があり、ナチスと共産主義とは大戦の所産である。キリスト教に人類救済の力なく、歴史的に証明ずみである。共産主義は、中世の教会のようで、狂信、偏執、不寛容を特色とする。
 理性、寛容、相互依存が今の世界に必要である。豊かで知恵のある知力が幸福な世界を築く鍵である。
 スコラ哲学者、中世の教会哲学者が、"神の存在" を論証したと自称する論理は、アリストテレス流の古臭い論理学で、今は否定されている。カトリック教会のお抱えの論理学者だけは別である。神の摂理、計画という馬鹿げた議論はその一つである。ダーウィンがこれを論破・論証した。全知・全能・慈悲深い神という発想もおかしい。
 教育は、論理実証により考える習慣を青年に育成し、狂信奨励の教育を排し、精神的自由を目標とすべきである。
 今の世界には寛大な心情ととらわれない理知とが必要で、これらは、頑固窮屈な組織からは生れない。組織の新旧は関係ない。