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随感 牧野力「政治的独立は目的か手段か( バートランド・ラッセル『中国の問題』に関連して)」

* 出典:『日本バートランド・ラッセル協会会報』第21号(1972年4月刊)p.6. * 牧野力は当時、早稲田大学政経学部教授、ラッセル協会常任理事


ラッセル協会会報_第21号
 ラッセルは『中国の問題』の中で、次のように書いている。

 '問題は「政治的」独立の問題だけではない。ある種の「文化的」独立が政治的独立と少くとも同様に重要である。'
 また、
 '独立をそれ自体目的として求めるべきではなく、中国の伝統的美徳を西欧の技術と新たに融合させる方向に進むための手段として求めるべきである。もしこの目的が達成されなければ、政治的独立も無価値となろう。'
 更に、
 '単なる政治的独立国になることは、数多くの現在の列強に一国仲間がふえたことにしかならない。'
 中国人が白人や日本人の侵略や搾取から政治的に独立しようと努力するのを、ラッセルは、中国国家というだけの視点よりも人類的視点より意義づけたかったのではあるまいか。
 西欧文明と異質的な中国の精神文化を、機械文明のデメリットを救う体質をもつ文明として考えるが故にこそ、中国の精神文化を保持する文化圏を政治的に独立させなければならないと発想した。これは、人類文明(やがて世界政府)を築こうという視点である。後年の(ラッセルの)世界政府論を想起させる観点でもある。西欧主義に懐疑するラッセルは中国文化に人類的役割を果たさせようとする独立論を述べた。
 ラッセルの中国論が好奇心の中国ベタ惚れ論でない点もうかがえるだけでなく、その立論の基底には、中国文化を生かす大目的のためには、その手段として、民族解放の政治的独立を必要とするという論理がうかがえる。

 サテ、ここで、読者にお断りせねばならない。会報第二十号における、研究発表要旨「ラッセルの中ソ観」の中で、(第四頁、最上段、二十三行目、)「……前者は後者のための手段にすぎない。」を「……後者は前者のための手段にすぎない。」と読みかえて頂きたい。原稿・校正のミスを謹んでお詑びする次第であります。