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牧野力「バートランド・ラッセルの教育論」
『(早稲田大学政治経済学部)教養諸学研究』n.61/62/63合併号(1980年3月)pp.25-52.

*(故)牧野力氏:当時早稲田大学政経学部教授、ラッセル協会理事


目 次
   まえがき
   1 教育への発端(大戦前夜の街頭風景)
   2 人間洞察(生の根源である衝動の分析)
   3 教育の本質と実践目標(衝動の方向づけと昇華)
   4 80年代の日本の教育問題とラッセルの教育論
   (付論)大学のあり方
   むすび


 まえがき(生きる現実の中の教育論)

 教育を論ずる人は少くない。自分に子供がいれば,誰も教育への関心が生れるからである。素人(しろうと)だから,教育を論じていけないという理由もない。玄人(くろうと)なら必ず適正な意見を期待できるか,というと,必ずしもそうとも限らないからである。(技術論的に詳細を極めていても,人間が「生きる」現実全体の中で教育との関連を配慮するという思考性格を欠くことも玄人に少くないからである。体制派的教育論者もいる。)
 それは,人間が多種多様な星の下に生れ,千変万化する環境の中で生き続けるのであるから,それぞれに対応できる教育論をまとめあげるのは容易ならぬ知的な条件をふくむ仕事であり,また,体験と現実への洞察力とを必要とするからである。それにふさわしい才能を備えた人も少ない。ということになると,凡俗なわれわれは,狭いながらも生々しい自已の体験と事実との範囲から所見を述べる外ない。非凡な人がそれらを総括し,まとめるのを期待せざるをえないのではあるまいか。
 そこで,問題は,発言者が,素人か玄人かということよりも,何の目的で,どの観点で,何を目標にして,どんな実践的方法を考えているのか,そして,その着想の展開や結論づけが,如何に的確であり,社会一般の人々の共感を広くうる背景を持つかに,かかってくる。
 この点で,バートランド・ラッセルの教育論は,素人の教育論であるが,われわれ凡人には示唆に富む内容のものであると思う。視野の広さと相関的要素の位置づげとグローバルな視点とが注目すべき点である。
 ラッセルの教育論の特徴は,人間の「生きる」現実と教育との接点の系列と呼んでもよさそうな面をもつ。教育を一つか、二つかの命題から展開するという教条的な傾向よりも,人間生活のいろいろの面の中にひそむ重要な要素と教育とが関連している接点を再構成したものという印象を与える。別言すれば,ラッセルの教育論にはいろいろの面が内包され,それが人間の生きる「しあわせ」に向けられた人生哲学に支えられ,その実現方策として個人・社会・世界を貫く教育論が存在するという性格をもつ。
 もし一般の教育学者の教育論との目立ったちがいを挙げれば,人間がこの地上で「しあわせ」に生きる上でのそれぞれの次元に亘って,教育的要素を総合して観,かつ論じている点ではあるまいか。
 いかなる政治理論も,成人男女だけでなく,子供たちにも適用できるものでなければ,適切とは言えない。理論家は子供を大抵もたないか,あっても,若気の至りである騒がしさに自分の仕事を邪魔されないように綿密に隔離して仕事をしている。理論家の中には,教育に関する書物を著わしてもいるが,それを書いている間,自分の心に現実の子供を一切想い浮べたことがない,というのが通例である。・・・子供らについて知っていた教育理論家たちも,必ずしも,常に,教育の究極的な目標を十分に自覚していたとはいえない。つまり,年齢が進んだ者たちへの〔教育上の〕指示はどうすればよいのか,といった問題をうまく扱えるほど,十分に自覚していなかったのである。
 この問題に関して,他人の諸著作にありうる欠陥を何であれ,補うことができるほど,私に,子供や教育に関する知識があるわけではないが,社会改造の如何なる願望にも,一つの政治制度としての教育の問題が内在しているものだ。そしてそれらの問題(は),教育理論に関する著述家たちによって,考察されないのが普通である。私が検討したいと思うのは,この種の教育問題である。*1
 ここに示唆されているように,子供と離れた別室の机上の教育理論でなく,教育実践として,ラッセルは1927年にビーコン・ヒル・スクールを自分で経営し,経営のため赤字と闘いながら,幼稚園児から中学生までの子供を相手に貴重な教育実践を体験している。
 教育が,子供自身の次元から,環境としての社会,国家,世界の次元へと連関して,一貫性をもつ。「生きる」現実の中の教育論という意味はここにある。
 ラッセルの教育論のこういう性格を具体的に示すもうひとつの点は,彼の著書の面にも現われている。教育の二字が書名にあるものは二冊ある。
〔1〕On Education, especially in early childhood, 1926.〔邦訳;『教育論』〕
〔2〕Education and the Socia1 Order, 1932 〔邦訳;『教育と社会体制』〕
 前者は,彼が二児を育てた体験を,英国の一般の両親に語りかける教育資料的な体験談の性格をもつ。今日の日本の少年少女の非行や暴力などに関連する問題への示唆も含まれている。生後三ケ月以降から大学生にたるまでの教育に関する両親への提言があるからである。子をもつ両親の一読をすすめたい。後者は,教育と社会体制との関連を述べたもので,世界市民としての教育に言及するやや本格的な教育論という印象を与えるものである。
 前者は,親にとって子育てという初体験である戸惑いや家庭人の私的な体験を中心としているのに対し,後者は,社会人とか,市民として当然抱くべき社会組織とか,社会と教育との関連性とか,教育の本質への洞察力を養成するのによい著書である。
 次は,「教育」に一章を割いている他の著書がある。書名の示す領域における他の次元からみた教育問題を扱っている。先の引用文がその一例になっている。
〔3〕Princip1es of Social Reconstruction, 1916〔邦訳:『社会改造の原理』〕
〔4〕Mysticism and Logic, 1918 〔邦訳:『神秘主義と論理』〕
〔5〕The Prospect of Industrial Civi1isation, 1923 〔邦訳:『産業文明の前途』〕
〔6〕The Conquest of Happiness, 1930
〔7〕In Priase of Idleness, 1935〔邦訳:『怠情讃歌』〕
〔8〕History of Western Phi1osophy, 1945〔邦訳:『西洋哲学史』〕
〔9〕Unpopu1ar Essays, 1950〔邦訳:『反俗的評論集』〕
〔10] Fact and Fiction, 1961〔邦訳:『事実と虚構』〕
〔11〕Dear Mr. Bertrand Russe11, 1969〔邦訳:『拝啓バートランド・ラッセル様』〕

 これからの引用文の出典を〔1〕〜〔11〕までのこの番号で示したい。また,邦訳の出版社については『ラッセル思想と現代』(牧野力著、研究刊)の「資料編」を参照されよ。
 これらの外に,教育に関連ありと彼が考え,教育面に言及する例は枚挙にいとまない。これは,「生きる」現実の中の教育的要素を指摘しているためで,現実と教育の密着事情を示竣している。


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 1 教育への発端(第一次世界大戦前夜の光景)

 ラッセルの専門的研究分野は,数理哲学・記号論理学である。例えば,人知の限りを尽した,とも言われる彼の共著(Principia Mathematica,3vo1s.,1910〜1913/『数学原理』)が示すように,彼は真理を求め,人間臭さとほど遠い世界に生き甲斐をかけた男であった。
 ところが,1914年の第一次大戦はラッセルをすっかり変えてしまった。数理哲学の世界から人間と政治との世界へ,真理の探求から真実の究明へ,更に,虚偽と迷妄とへの闘いに進んだ。
 というのは,大戦前夜,彼が散歩したロンドンのトラファルガー広場の街頭は,英国の対独宣戦布告の報に湧きかえっていた。大衆は,わめき,怒り,喜び,絶叫し,乱舞する姿さえ見られた。彼はすっかり驚いた。明日から敵弾の標的にされ,家族を泣き叫ばせる運命を全く知らないような姿だからである。何が,大衆をかくも戦争に駆り立てるのか。それまで,戦争と大衆とについて彼が抱いていた先入観は政府の強制に不承不承戦場に連れていかれる大衆の不幸,というイメージで,それが目前で一挙に打ち砕かれた。そして彼は考え込んだ。
 1914年から1918年に至る大戦は私にとって,何も彼も,変えてしまった。学究的な仕事を止めて,新しい性格の本を書き出した。人間性についての考え方も一変した。清教徒の生き方が人間の幸福を促がすことにならないことも,初めて確信できるようになった。死の惨めな光景を目にして,私は生あるものへの新しい愛を覚えた。おおかたの人間は,破滅を招くような'憤り'にはけ口を求める底知れぬ不幸にとりつかれていると,確信するようになった。そして,本能的な喜びを拡げることだけが良い世界をもたらせる,と確信するようになった。*2
(The War of 1914-18 changed everything for me. I ceased to be academic and took to writing a new kind of books. I changed my whole conception of human nature. I became for the first time deeply convinced that Puritanism does not make for human happiness. Through the spectacle of death I acquried a new love for what is living. I became convinced that most human beings are possessed by a profound unhappiness venting itself in destructive rages, and that only through the diffusion of instinctive joy can a good world be brought into being. (The First War))
 ラッセルの前に立ちはだかった疑問は,人間をあのようにさせるものの正体は何か,であった。この正体究明は,やがて,97歳の生涯を閉じるまでの彼のその後の歩みに大きく影響を及ぼすことになった。
 彼の教育論は,その歩みの中で,教育実践と社会改造と世界政府運動へと展開していく。そこに,彼の教育論の特徴が見られる。教育学を大学で専攻した所謂体制派的教育学者の場合と大巾にちがってくる背景でもある。
 上の引用文の中には,彼の着眼点あるいは思考の核ともなるもの,その後の思想の展開の因子のようなものが読みとれよう。
 (ラッセルの『自叙伝』の「まえがき」には「三つの情熱」と自称する彼の人生を貫く太い紐のようなものが示唆されているが,この引用文にも似たところがある。)
 (イ)' 人間性についての考えも一変した。'
 それまでの彼の考えには,伝統的なビクトリア朝の習慣的な発想法が残っていたが,これは彼が改めて振り出しに戻って,180度逆な現れ方をしてゆく萌芽を予告している。
 (ロ)'ピューリタニズムが人間の幸福を促がすことにならない,との確信'
 ラッセルは祖母の許で育てられ,彼女は厳格なクリスチャンであった。彼はキリスト教徒としての宗教教育を受けたのと同じである。
 しかし,彼の脳裡から離れないものの一つは,人間の幸福への願望であった。
 これは彼の生涯を貫く一つの軸でもある。だから,彼は,「私が理想とするものは,最大多数の最大幸福を究極に生み出すものである」。*3,と述べている。それが『幸福論』となっていく。キリスト教論・宗教論から,宗教と人間の幸福との関係へと向う彼の著作基盤となっている。ピューリタニズムの禁欲・禁止的性格は,後述の衝動論と関連がある。
 (ハ)'生あるものへの新しい愛を覚えた。'
 この'生あるものへの新しい愛'という意識は,上述の「まえがき」にも言及されているもので,彼の理論と実践とを分離しない人柄の中の行動の因子でもある。90歳を越えて,核禁運動の先頭に立たざるを得ない気持の'もと'でもある。
 ラッセルが欲望論や衝動分析を行うに当っても,この愛の問題がついてまわる。例えば,ドイツの哲学者のように問題について徹底した論理的再構成という究明て安住しうるかのようであるのとちがい,イギリス哲学者は,思考瞬間の連続の中にも,現実の生の人間がチラつくというようなところがある。ラッセルもその中の一人であるまいか。純然たる法則の世界,数学や論理の世界におけるラッセルとちがって,思考内容が法則の次元よりも価値の次元により多く関連する場合にはそれが当然かも知れない。そうだとすれば,数理哲学者ラッセルと教育問題を考えるラッセルの考え方の性格に差が見られるのも尤もであり,ドイツ的思弁の厳密性を欠くという批判もあるがそれには検討の余地があるのではないかという気がする。
 いづれにせよ,教育を論ずる場合,その目的や役割の上から,目標や方式を考える上から,善,愛,社会,幸福などの概念がつきまとわざるをえなくなる。
 (ニ)'本能的な喜びを拡げることによってのみ,良き世界をもたらすことができるし(→'と'の誤植?),確信するようになった。'
 この'本能的な喜び'の肯定的発想と'良き世界'をという社会的願望とが,ラッセルの教育論の背景に厳然と控えていることも,特色だと感ぜられる。
 このようにここで四項目を抽出し,それに言及するのは,彼が本能や衝動を分析し,位置つげ,対策を考えたりする上で,それが濃厚にあらわれてくるからである。

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 2.人間洞察(生の根源である衝動の分析)

 '底知れぬ不幸'にもみくちゃにされた人間が悲劇的運命も予測せず,'闘争'に狂喜し易いのは,程度の差こそあれ,多くの人間に共通する。
 何がそうさせるのか。無防備に近いヒトという種族が地上の自然の猛威と野獣の攻撃から,身を寄せ合って,生きて来た時代の人間同士が協力'する生き方も,やがて,猛威と攻撃とが遠のくにつれ,抗争の対象を人間同士に求めるようになった。人間が人間と戦う姿は,種類,様相,目的などの差異はあっても,今日ではそれらに麻痺して鈍感になるほど日常化している。'幸福'と'善'とを目指すイデオロギーすら悲惨の源を作り,この世の地獄を生み出している。〔この現実を,彼は衝動の放置とみなし,教育による反省を求める。〕
 これらを貫くものは何か。彼は言う。
  • あらゆる人間活動は欲望や衝動(desire or impulse)によって起されている。*4
  • 直接的な'衝動'が人間を動かすので,'欲望'は単なる衝動の外衣にすぎない。*5
  • 衝動は生命の基本動因で,あらゆる欲望の主人公である。*6
  • あらゆる衝動は本質的に盲目である。結果を予見することから生れるものではない。*7
  • 衝動は生命力の発現であるから,善にも悪にも加担する両刃の剣である。だから盲目的衝動に方向を与え,その方向の中に置くことによって,衝動に逞しく価値を与えることができる。禁圧された衝動は,必ずしも,消滅したのではなく,内側に沈潜して,新しいはけ口を求めて,屈折するにすぎない。問題を悪化させるだけである。*8
  • 衝動には,'創造衝動'と'所有衝動'とがある。前者は精神的に利他的な働きをして文化に役立つ。後者は物質的に利已的な働きをして,生体の自己保存本能になって現れる。闘争への前提となる。'良い社会'とは,前者を生々と躍動させる機会を多くもち,後者を最低線にとどめる制度的保証のある社会である。*9
     調和よりも闘争に傾き易い人間衝動をどうするかについて,個人の次元,社会の次元,世界の次元と方式のちがいがある。しかし三つの次元を貫く基底に,教育がある。この人間性への働きかけの役割が教育と社会制度そして国際機構にあると考える。*10

     この三つの次元におけるそれぞれの問題に「教育」は基本的な関連をもつから,彼が書くとき,著述において,発言の機会において,その内容は多様化せざるをえないのである。
     しかし,伝統的な教育家や教育学者たちは,欲望や衡動は悪への因子と考えることが多く,その結果,当然,抑圧や禁止へと傾斜しがちである。しかし,ラッセルは,上の引用文の示すように,逆である。衝動の解放と方向づけを考える。
     生命の世界には善,悪はない。人間の一生は生命の拡充過程である。衝動が欲望となって発現してゆく過程である。これに,善,悪の判断を下すのは,知的衝動が昇華された知性の活動によるのであろう。その知性により,生命の拡充過程を手放しに放置すれば動物界に見られるように,自然の中における天敵関係や弱肉強食の光景が出現する。知性はそれに反応して,(衝動の発現の姿に見られる論理関係に概念を記号として与え,)善,愛,幸せなどの識別と判断とを行う。
     生命の拡充にも調和のための限界がある。衝動の放縦,放置は自滅である。衝動をして拡充させるには,調和への方向づげを必要とする。それは抑圧,禁止ではない。抑圧,禁止で,生命力は制御しきれないからである。
     個体性と社会性との二重写しという生存の論理を,生れることと生きることの中に背負う人間は,結局,衝動の解放においても,その活動における調和が必要となる。方向性を与えるのも調和を自覚するからである。
     衝動の調和は,衝動に方向を与えることに依るしかない。盲目の衝動に働きかけ方向づけを与えるものは,衝動による転換しかない。高次の衝動としての知的衝動による外ない。動物的で自已保存の条件反射性に基く衝動は自己中心的で,利己的になり,排他的で,斗争に走る。創造衝動に関連する高次の知的衝動は抽象力をもち,知性の母胎として,自・他の自覚から,自己超越に,更に自他の融和へと開眼する契機をもつ衝動である。ラッセルが「知識と知恵」という論文で説く'the emancipation from the tyrany of the here and the now'という意味がこれを指す。*11
     人間は感覚受容と運動とが脳で運動整理されて,生体の論理を育成する。そして,'熱い'とか'冷たい'とか,さらに,'好き'とか'嫌い'とかへ発展する。だが,感覚と運動との領域の範囲内に生きる人間は,人間であっても,感覚の反射には敏感かつ正直である限り,「ここ」とか「いま」という現実的経験の枠の中に生きていて,自已中心性を離脱しきれない。そこから,超克できない。現実経験にひきまわされ,しばられて居るような生き方である。これが「ここ」と「いま」とに拘束された情況 tyranny で,'動物人間'である。当然,闘争反応に終始しやすい。'思いやり'など生れない。もし高次の衝動や抽象力や関係論理の運用力をもつようになれば、感覚的経験の拘束性から解放され,やがて自・他を識別し,共通項の認知から,調和・協力を指向し,自・他の壁を低くし,やがて,とり除くことに進む。そして,更に,高次の知的衝動によるこの抽象力が関係論理を運用する力をもち,次の彼の発言が生れる。

     Hatred of evil is itse1f a kind of bondage to evi1. *12
     (悪を憎む心はそれ自体悪にこだわりしばられているのである。)

     '悪を憎む'というその'憎む'心清を分析すると,二度と悪を繰り返さない自覚と努力を相手の心に生み出させる素因は,そこには全くない。逆に,対抗意識への衝動に相手を駆り立てたり,誘発したり,明白な闘争を招くしかない。必要なのは悪を`憎む'のでなく,相手の身になって理解することにこそ悪へのとるべき姿勢がなければならない。その意図が'再発防止'にあるならば,相手の自覚と努力を招くに有効な措置をとるべきで,さもなければむしろ悪の連鎖反応を招く。意図に矛盾する。悪を行う者への自・他の壁を乗り越えた知的理解に基く,相手への協力こそ,再発防止の前提となる。
     「悪を憎む」この'憎しみ'こそ,実は生物的自己保存本能としての衡動であり,闘争という姿を呈する連鎖反応が永続化する引き金でしかない。この衝動による`連鎖反応の断絶'にこそ人知の目標がある。知的衝動でこれに対応するしかない。いろいろの対応法を教育が引き受けるべきである。
     「左の頬を打たれたら,右の頗を向げてやりなさい。」 という有名なマタイ伝の言葉もその断絶をねらう知恵であるまいか。これを唯の負け犬の泣き言と解する次元は,生物的本能という次元が知識の毛皮を着たのと同じであり,ガンジーの無低抗運動ともラッセルの不服従運動とも無縁であり,良心的反戦主義者の心情ともほど遠い。
     今日,最も恐ろしい偽せものは,生物的自已保存の衝動から一歩も出ずに,知識の毛皮を着て,善とか幸福とか闘争とを混合したイデオロギーの提唱とその横行である。ラッセルはそれを'二十世紀の新興宗教'に分類する。
     それは,知的衝動から高次の知性への昇華が見られず,知性の当然の性格である検証・批判を拒み,自己のイデオロギーの独善と排他とに終始する点で,まさに暗黒時代のキリスト教の「宗教裁判」と同質だからである。
     自已保存の衝動を知的衝動により転換し,高次化し,価値づける役割を彼は教育に期待する。専門的学究者の心の姿勢にもこれはあてはまる。

    sono3
     3 教育の本質と実践目標(衝動の方向づけと昇華)

     衝動の基盤・生物的自已保存本能を知的衝動により転換させ,価値づけ,高次化し,個人の次元,社会.国家の次元,世界の次元でそれぞれ矛盾しない'生きる'目標に適合させる仕事を教育に彼は求めた。
     個人とその生活環境である社会と世界とを貫かない教育思考はラッセルには考えられないことである。教育活動とは衝動の昇華作業である。
     だから,「教育は新しい世界への鍵である。」*13 と言わせるのであろう。
    • 教育とは人間性を回復させるものでなければならない。*14
    • 教育の目的は,ただ,人間性のもつ衝動の範囲を拡大,高次化する以外にはない。*15
    • 教育は、科学的懐疑精神を育成し,真偽の鑑別する力を養わねばならない。*16
    • 教育は政治権力や宗教的迷信や伝統に操縦されないように,自主的でなければいけない。*17
    • 教育は子供が自分の力で,命題を創造し,自発的に考えるように育てねばならない。この自発的な性質こそが,自己の内側においても,自分と世界との関係においても,対立のない愛情の豊かな性格となる特質である。*18
    • 現存の教育制度が資本家と国家主義官僚との癒着で生む欠陥は明白で、経済組織と官僚政治組織とを改変しなければ,教育に奉仕できない。*19
     個人の衝動の方向づけに,その環境整備として,二つの領域が不可分となる。いづれか一つだけでは不毛である。彼の社会主義論は「搾取なき制度」だけに偏向せず,個人の衝動の方向づけや昇華のために市民意識と生活技術との面で不断の自己訓練を要請する。衝動の抑圧や禁止が無効であり,エリートの独裁が非民主主義の母胎となる論理から,国家の次元と世界の次元における直接民主主義のプログラムを持つ。搾取を取除くために,独裁をもってすることが人間性に対する洞察の片手落ちと指摘する。彼の教育論の論理は社会主義論の論理にも一貫して適用される。
     社会的かつ世界的展望の上に立つ個人の性格教育について,ラッセルは次のように語る。
    • 性格(の)教育は,訓戒の反復では果されない。訓戒や罰で親切な性格は生れない。教師自らの身をもって示す実例だけが最良で,訓戒の言葉はいらない。*20
     (ただ)一つの概念や考え(のみ)から子供を教育対象とせず,子供自身を目的として認める態度を,生命への畏敬の気持から子供に接することを教師に求める。つまり,教師と学生が共感の土台に立つ心掛けであろう。性格教育,あるいは,教育実践目標の上で,考えられる理想像として,不可欠な条件として,彼は四つの要素を掲げる。
      の画像
    1. 生命力(Vitality)
      ・生命力の乏しいものは,消極的,退嬰的になる。意気に感じて立ち上っても,中絶してしまうからである。
    2. 勇気(courage)
      ・勇気とは,赤子を蹴る者に怒る心(cour)の状態(age)のことである。不正を許さない心情を実践に向ける力自身で,内部から訴えるものに堂々と従い,所信を公然と貫く実践の母胎である。
    3. 感受性(sensitiveness)
      ・感受性とは,協力と調和つまり共感の母胎で,動物衝動の闘争形式を礼賛したいことが,生きる者同士の基本ルールである。
    4. 知性(intelligence)
      ・知性とは,衝動の方向づけ,高次化,昇華を支えるものである。〔そもそも,知性とは,二つ在るもの(inte1-between)の一方を選ぶ(1igere=choose)こと,つまり識別する働きである。対比,識別を怠る心は知性とは呼べない。批判を許さない教条性も'知的'とは言えない。いかなる詭弁を使うとも,'独裁'は,批判を許さないかぎり'知的'ではない。民主主義は,政治上の平等観,(no superiors, no inferiors という)人間観に立つ以上,相互批判を前提としている。
       だからこそ,現実の要請に自主的に対応する上で,票決や多数決原理を実践方式とするのであろう。〕
     この四要素が人間が生きる上での不可欠条件であるとして,教育上の理想的人間像とみる。*22
     また,彼は人間を正気に(Sane)する教育ということばをしばしば使う。正気(Sanity)とは,(イ)自己保存や種族保存を果す衝動と欲望とを包含する「本能」(instinct),(ロ)欲望への知識的な手段を示唆する「心意」(mind),(ハ)人間の内側からの訴えかけをする「精神」(spirit),などの調和状態を指す。つまり,人間性に秘められた全能力を調和的に発揮する人,知恵ある人を,'正気な人'と呼ぶ。実例の一つとして,キユーバ事件の際,米・ソ対立抗争の時,国内の自己の立場の不利になることを覚悟の上で核戦争を回避し,人類の平和を意識して,米国の臨検強行策に,敢て,自国船に反転航行を命じたフルシチョフを,当時の唯一の「正気な人」と書いている。(こう評価した数頁後で,ラッセルはソ連政治を称賛する意図の全くない点を明らかにし,にもかかわらず,ソ連国内の己の立場を顧みず,核戦争を回避した平和実践家としての判断をかく呼ばせたのであろう。)簡単に,俗な言い方をすれば,已の利害を離れて,'世の為,人の為に公正な判断を下す'人を指す。*22
    〔And so the great march towards disaster went on. I asked my se1f if there were no sane man in the seats of power. At the 1ast possib1e moment,the answer came; Yes,there was one same man. It happened that he was on the side of Russia. This was unimportant accident. His sanity saved the world; and you and I sti1l exist.]
     そして,惨事に向けて大がかりな動員が止まなかった。権力の坐にある元首の間に正気な人が誰もいないのかと私は自問した。やっと,ギリギリの瞬間に,私に回答が属いた。`そう'!一人正気な人がいた。その人はロシア側だった。それはどうでもよい。彼の正気のおかげで,人類が救われた。そして,君も僕もまだ生きている。〕
     (米国はソ船臨検強行策を発表し,ソ連は臨検強行には報復あるのみと対抗した。)
     世界はかたずをのんで,世界戦争の発端という脅威の下に時の推移を見守った。誰にも手も足も出せない。危機はジリジリ迫る。無位無冠のラッセルは,両国の面子を傷けない自分が個人として出る外なし,と昼夜の別なく,両国の人々の協力で,関係国元首,国連その他に打電し,実力行使を避けて,交渉に移すよう要請した。それだけに,彼へのフルシチョフの回答は切実なものであり,Sane と言わせたのである。フルシチョフの譲歩と真意とを'自国戦力の弱体の自覚による'とみるケネデイの心意をラッセルは遺憾に思った。〕

     サテ,ここで二つ注目したい点がある。
     衝動の解放,自由と訓練を提唱するラッセルは、「完全な自由と過度の訓練」(comp1ete freedom and very rigid discipline)の調和を忘れずに,*23子供ら自身の自発的自已訓練(an interna1 se1f-discip1ine)を心掛けた。*23 そして,英国における当時の進歩的な自由教育家たちの一方に偏向した教育実践を不満とした。ラッセルの思考性格として,物事の相対性に敏感であったという気がする。数学者として,左辺と右辺との等価均衡が念頭から離れない習性のためか,社会問題や価値の領域において,人々がとかく主観的に一方に偏し他方を対立的に軽視しやすい発想とか一般的傾向に対して,警告し,相対関係の一方だけに極地化しない。
     物事の一方だけに価値を与えるのでなく,相対関係のもつ双方の意義を見落さない。それを知恵の一要素とも考えている。
     子供が均衡のとれた現実的対応をする上からも,個人の教育,社会的判断,世界平和の上からも自由と訓練との調和や等価均衡を忘れなかった。
     彼は,有能な者の能力を充分伸す必要とその意義を認める。それを'英才教育'と日本で呼称し,批判的であるのと対蹠的である。平均的画一主義の発想と方式とは,個性伸張の民主主義に矛盾する思考性格であるまいか。個性指導における二重の罪となる。有能者には退屈感を与え,教室全体の緊張に逆行させることになる。人間には,いろいろの長所短所となる要素の組み合せとしての個人差があり,それを一つ,二つの尺度で計りあるいは評価し切れないものをもつ。そこで,総体的に洞察すれば,'no superiors,no inferiors'〔すぐれた人も,だめな人もいない。誰にも欠けたところがある,の意〕という評価を下すのが,現実的な評価姿勢である筈。民主主義の真意は,能力評価の平均化,悪平等ではなく,政治上の無差別の意味である。民主主義を支える人間評価あるいは人間観に立つ伝統をもつ欧米社会においては,数学のできない子を特別に'補習指導'しても,親は喜びこそすれ,差別されたとは考えない。差別と感ずるのは,民主主義の真意を解しない伝統,世間態(世間体)を気にして,劣等感と結びつける心の反映か、補習指導を避けたがる教師,あるいは日本全体の発想法の後進性にあるのではあるまいか。これを脱却できない限り,真の民主主義の十全の実践はありえないし,能力別教育を否定するのは子供への虐待にもつながる社会現象ともなる。英才教育をエリート視することの社会体制は,概して,後進的思想から脱却しない国々に顕著である。英才教育がエリート化,階級化へと進み易いのは,民主主義の土壌がないからだ。日本の民主主義教育者をもって自認する教師は,先づ,子供に才能伸張教育の喜びを味わせ,親の人間観からの離脱に努め,教師と生徒の間の了解の上に立ち,実践することを地固めできれば,この発想もなくなる。しかし,現状では,教師も手も足も出せないかも知れない。先づ教師も親も生徒も,no superiors, noinferiors を周囲の者に教え悟らせてほしい。非行少年,少女はそれを渇望しているのではあるまいか。彼らの何かを発見し,自信をもたせる外ないのではないか。長所の自覚は短所反省のゆとりと自立性を生む。
     明治,大正から第二次大戦前までの日本の教育についてラッセルは,書いている。
     日本の初等教育は,'知性抜きの詰め込み教育'(instruction)の見地からすれば,世界で最もすばらしい能率をあげた国である。また,天皇崇拝という強力な信条と迷信の助長とに成功した国である。*24
     そして,ジェスイット派の教育に似たところがあると言う。'知性抜きの詰め込み教育'とは,子供の自発的思考力養成,懐疑精神の育成,真偽鑑別力の養成などよりも,知識技術の暗記を優先させることを指す。思考の柔較性を欠き,総合性に乏しい,直線的思考者の資格があると評し,中国人と対比している。*25  最後に銘記すべきものは,ラッセルの「平和にかける教育」である。
     90歳を越えた老躯に鞭打って,国防省に坐り込みさせたのは,英国の核武装への警鐘,国民の覚醒にあった。
     個人,社会(国家),世界へと三つの領域を貫く彼の教育論は,当然,平和教育と不可分である。しかし,彼の平和教育は,イデオロギーや国家主義的愛国心だけからの発想をしない。ナショナリズムを二分し愛国心を認めるが,帝国主義に移行する分岐点に反省を求める。衝動分析のところで述べたように,戦争をする人間自体への,衝動論に立脚した人間改造方式を忘れない。東西両陣営の対立の冷戦時代にも,人間一人一人の自覚と実践の必要,そして制度的保証として,究極的には世界連邦の必要性にまで及び,細目プログラムまで立てている。戦後の彼の著書にはこれに触れないものは少ない。特に(イ)核兵器,ニューヨークとモスクワとを30分で飛ぶI.C.B,M(大陸間弾道弾)が大量生産され,(ロ)月ミサイル基地から,一方が破壊消滅する直前の押ボタンで相手国を2,3日後に報復できる機能を確立し,(ハ)仏蘭西が中立国であるとしても,ロンドンに落された15メガトンの水爆の高い放射能が,36時間以内にパリを汚染できるのと似た状況に,地球上のどの国民も置かれていること,(二)被爆者胎内児が原爆小頭病や精薄児となるなど,その他の幾多の事情の下にある以上,国際的権威(International Authority)への願望は切迫していて,単なる予想談の域を脱している,と説く。
     この可能性を予想したラッセルは世界市民教育の必要を述べ,第二次大戦中,The Fortnightly 誌に国際大学設置人類の歴史教育に関する提唱を行った。例えば,各国の歴史教育を,戦勝,戦敗,中立の三ケ国の歴史家の出席の下に,公平に,人類史的視点より記述する教科書を編集し,それ以外使わせないなどの見解をその一部に織り込んでいる。
     というのは,英国人の熟知するワーテルロ一の戦いについて言えば,英,独,仏三ケ国の記述は互に違って,自国礼賛記事にすぎない,と彼は指摘する。
     ラッセルは次の言葉の中に,「平和」念願をこめている。

     「平和でない自己の魂」を反省し自覚せよ。*26
     「人間の自己自身との斗い」の必要がある。*27
     「平和に対する最大の敵は人間の心である。」*28

     人間個人の次元の対策と,上述の国際大学設立や国際機関としての世界政府の設立を呼びかけている。

     最後に,ラッセルが唯書斉の人として,あるいは教壇の人として,教育論を説くだけでないことを示すものの一つは,彼が経営に苦心した,Beacon Hi11 School のことである。これに付言しておく。

     自由教育と知性を媒介に,子供の自発的な衡動方向づけを目標として教育実践を行い,1936年まで妻と共同経営した。経営経理上はむしろ失敗であったが,教育体験としては,貴重なものであった筈である。少くとも自叙伝に記された面で人間と社会とを深層において体験したからである。また,当時の共同経営者であった妻,Dora Russe11 の著わした著書〔The Tamarisk Tree, 1975. Putnam, 1975, pp.197〜215〕によれば,「同校の設立の目標と基調とを支えた教育理論の大半は,確かにどこでも実施されてはいなかったが,現在常識的に行き渡っている教育理論である。」と自負している。
     しかし、読者にとって、示唆的であるのは、彼の一人娘、Mrs Katherine Russe11 Tait の著わした My Father Bertrand Russell, 1975 (社会思想社、1976年刊/巻正平訳)である。
     私個人にとっては,ビーコン・ヒル・スクールは'感情的に(は)'大失敗だった。それは私の幼児期の幸福という輝かしい世界を打ち砕き,それ以来私は代りのものを探すために残された人生をかけなげればならなかったからである。しかしそれは,代りに多くのものを与えてくれた。知的には,それ(ビーコン・ヒル・スクール)は傑出しており,私はそれらの歳月の中で,これまでどこで学んだよりも多くを,より大きな喜びと共に学んだ。私たちのほとんどは,そこで,私の父から,外のどんな学校でも学べなかった精神を鼓舞する価値あるものを吸収した。私がそこで不幸であったからというだけで,それを失敗だと称するのは愚かなことであろう。*29
     娘の不幸は,校長であるラッセルと妻ドラとの両親に,当然,幼児として,両親と手をつないで校内を散歩することが寄宿制故,他の子供への配慮から不可能であること,校長先生の娘としての子供同士の心的相剋などもその中にあった。
     しかし,当時英国で著名であったサマー・ヒル・スクールの創立者,A. S. ニ一ルの批評は,ここに引用する意味をもつ。ラッセルの教育に関する本を読んで,ニールがラッセルによこした手紙の内容である。(次も、My Father Bertrand Russell からの引用)
    「貴殿は'教育における手仕事'については,ほとんど,あるいは全く触れておられないようです。私の趣味はいつでも手仕事でして,貴校の子供が星について質問するような場合,私の生徒たちなら,鋼や'ねじやま'について質問します。また,どうやら,私の方が貴殿以上に,教育の中の情緒を重要視しているようです。」

     彼は両校のちがいをみごとに要約している。私の父は手仕事はからきし駄目で,学習に関する唯一の適切な感情は知的満足であると信じていたのに対し,ニールは私の見るかぎり,学習を生きることほど面白くない,退屈な'教科書いじり'と考える傾向があった。私たちにとって,学習は決して退屈な'教科書いじり'などではなかった。それは生きることであった。私たちはビーコン・ヒルで,数学の場合以外,ほとんど教科書を使ったことはなかった。
     数学がむずかしかったからではなく,しばしば議論の的となっていたからである。
     父は自分の教育を政治に利用するつもりはなかったし,いつも私達に両側面を考えた上で,自分の決心をすることを教えていた。「両側面を考える」ということは,事実を調べるだけでなく,両方の側の人たちの意見をきくということを意味していた。*30
     ここで,ラッセルとニールとの比較論をやる気はない。ニールの功績もあった。前者は人間の生命の源,衝動を知的衝動で昇華・方向づけようとした。
     子供たちが教科書にしばられないで,事実の観察や周到な教師の話に誘われて,知識と技術を習得し,自主的に「両側面を考える」癖をもつようになる人間的な幸せをここで特記してもよいことではないかと思う。


    (松下注:以下はつけたしの感じがします。余り整理されないでメモ的に書かれていて、見出しに下線あったりなかったり、読みにくいと思いました。それゆえ、興味のある方のみお読みください。)

     4 1980年代の日本の教育問題

      題が少し大きすぎて,少々面はゆい気がするが,筆者には,ラッセルの教育論が示唆する点は現在の日本の教育が抱えている問題の好い例,参考であるような気がする。それで,こう書いた次第である。
     素人である筆者よりも,教育の現場で実践体験している方や教育に専門的に従っている方が行う指摘に注目したい。

     (A)わが校に「落ちこぼれ」なし*31
     (長野市私立篠ノ井旭高校,校長・若林繁太先生談)
     現場の先生の体験談であり,既に一部の人々には有名であるが,この談話の内容をまとめると,次のようになる。(文責在筆者)

     1)高校の実態:
     今日の日本の高校の実態は,学校の態をなしていない。〔学校に生徒用喫煙室の存在が判っても,それを教師が閉室できないという高校もある由。東京でも都立高校を敬遠して,私立に合格すれば,そちらに行くのは常識である。教師側に非教育的要素が多いせいか? 私立には職場全体が真剣にならざるを得ない基盤のある為か,この社会事情には,注目と反省がいる。都立教師にはあまりに安定感がありすぎるせいか?〕

     落ちこぼれ,非行原因の共通点:
      親が子に甘く,子の実情を知らなすぎる。知的判断が乏しい。自分の子が非行の指導者であっても,頑固に否定しがちである。
      世間で言う学歴偏重とか能力選別主義組編成とか言うのは原因の一つであるが,余り関係ない。学歴偏重はいつの時代にもあったし,能力別学級でも,非行に走らない生徒方のが多い。

     必要事項:
      少々のことにくじけず,はね返す心情や躾の教育実践が今日欠けていること。

     高校生の実力:
      義務教育並み。中学生並みか。だから退学させてはいけない。

     落ちこぼれ,非行対策:
      生徒の何か人並みのものを発見し,伸すことが突破口,そのためには教師も真剣。〔ラッセルの No superiors, No inferiors の心情を参照。〕

     退学許可の条件:
      本人に全くやる気がない時,苦痛の時,親の見栄で在学させるのは,本人に残酷故,学校が適切な仕事につかせる。

     再入学のケース:
      再出発組は,前校で失敗しているだけに,よく頑張るし,同級生間にも人気がある。〔恐らく,人気のある原因は,失敗の二の前を踏みたくない心情は共通故,自分の特長を生す学校のメリットが,他の生徒にも好影響を及ぽすのではないだろうか,また,こういう心理の間での仲間同士の打明話にはある心理的影響力が秘められているからではないかと筆者は想像する。〕


    (B)心理学と社会病理学の専門家である大学教授の調査報告*32

     青少年の非行傾向:
      ここ数年間,非行内容が非常に多様化してきた。非行年齢の低年齢化と就学生徒の非行化が増加しつつある。少女非行の激増。

     非行家庭:
      かつては貧困の故と言われたのに対し,昨今は中流以上の家庭に多い。

     非行の共通的特徴;
     (イ)自已中心的性格
     (ロ)衝動的行為
     (ハ)無計画性
     (ニ)模倣行為
     (ホ)罪悪意識の欠如
     (ヘ)親子の人間同士の交流の乏しさ〔皆で揃って夕食をする体験に乏しい]
     (ト)情緒不安定と孤立化〔親への恨みから,暴力に走る〕
     (チ)身体の成熟の割に精神的に大人になっていない。
     (リ)社会化ができていない。
     (ヌ)自戒の未成熟状態
     (ル)親の愛情に飢えている。
     (ヲ)幼少期の愛情に全く飢えている者は攻撃型に走り易い。
     (ワ)溺愛され,躾けの何もされない子は衝動の抑制ができない。
     (カ)(非行少女に多いが)何歳になっても親の愛清を心の内側で求めている。

     以上の諸原因のどれにも,必らず社会的影響が在る。その要因を拾う。

     1)経済成長のひずみ
     2)消費者物価高騰,主婦のアルバイト
     3)公害
     4)過密
     5)マスコミ産業の発達(週刊誌,性雑誌,漫画本が目にふれ手に入り易い。)

    (C)「気ままで暴力を振るう小四の教え子」*33 少し気に入らないと,暴力を振うか,物を投げつける。自制心がなく,直ぐ立復する。その訴えに対する臨床心理学者の回答*34

     母に可愛がってもらえず,祖母に甘ったれて育ったため家庭内で自分を自制すること学べなかったためである。強い姿勢で貫いて行く。自分をどうにも抑え切れない本人は案外それを望んでいると思う。他方,落ち着いたら,ゆっくりやさしくわかるように話し合うことも大事だ。習慣は直ぐとれない。根くらべ。

    (D)「躾と一般生活常識は幼い時から教えよ。」*35

     施設に育った子を里親として預った人の体験談による。
     本人は孤児収容施設からの頭のいい五歳児。鶏の卵を知らない。割ってみせても分らない。卵は黄色で四角だと言う。施設では,焼き卵を四角に切って卓にのせていた。洗濯とは,汚れものをまとめて,大きなドラム罐に投して,スイッチを入れるものだと思っていた。
     食事の時間になると,他家へ行き,食卓に割り込んで,食を求めたりする。施設では,どの食卓にも勝手に割り込んで,食事ができるようになっていたらしい。
     躾も,一般常識も,幼い時から教えていない施設のやり方に深く考えさせられた。
     大海の小舟のような片々たる場合であるが,これらの中に,教育問題の性格は示唆されている。A,B,C,D,それぞれに,ラッセルの所説を対応記述する予定であったが,与えられた枚数を超過したので,次の記述ですましたい。『教育論』は上記引用文の示唆する問題にふれている。特に,生後三ケ月から大学生までの教育を扱う〔1〕は,A,C,Dの問題点に,Cの分析は〔2〕に扱われている。教育の社会的影響の関連性に,ラッセルは敏感で,ギルト・ソシアリストであるだけに,透徹した所見を述べている。


     (付論)大学のあリ方

     ラッセルの大学論や学生論の尺度からすれば,今日の大学教師の一部は失職し,大学生の大半は退学通知を受けそうである。それほど本格的である。資本の論理に乗せられた今日の日本の大学の大衆化時代は変則であろう。
     大学教師は,学生に注意深く読まれるべき必読書物目録と参考書目リストとに解説付資料を学生に配布し,注意深い読書をした学生にのみ答えられる課題を出題し,リポートの提出を義務づける。一,二週間毎に提出した学生と懇談形式で指導する。大学院学生,助手,副手などを相談相手に活用し,個人指導を行わせ,助教授に監督させる。最新の専門知識の研究に七年毎に休講の年(テンニュア)を与え,海外研究させる。教師の研究の余裕を与えるいろいろの創意工夫を活用することを当局に義務づげる。
     大学生は,怠慢によるにせよ,能力の欠如によるにせよ,その時間を浪費しつつあることが判明したら,退学させるぺきである。
     大学生に強制して有益な場合は,学生に勉学させるのが倫理規定である。英国の例で,大学卒業資格を紳士社会へのパスポート扱いするのに反対する。大学生らが学習成果を地域社会に還元することを望んでいる。特に金持階級の子弟が,三,四年間のらくら暮す閑人の場所とする大学を許さない。
     日本の大学の八年在学制のできた背景は知らないが,留年許可制,教授会認定許可制が必要であるまいか。怠慢の誘導路でなければよいが,暗記学習の体制は小中高から大学まで延長され,明治時代のベルツ博士の心配と要請とは旧態依然の観がある。大学が犯した入試の発端は遂に,下位校の秩序を乱し,投機的学習を慢性化し,受験産業を盛んにし,已の子弟をも塾や家庭教師の監督下に置かざるをえなくしている。それで,子供が自主性をもち個性を伸張し,才能を伸したかと言えば,主観的に走り,応用力や思考力は低下する一方。指示された事項は真面目にやるが,創造力は乏しく,自発性は低く,体力,持久力は弱く,身につかない知識の一時的暗記に,貴重な青春を浪費させる。その反動が,五月病であり,逞しい意欲的作業は不可能となる。物質的,拝金的か,綜合性のない不毛な表層論理にのみ巧みな若者が多くなる。文部官僚の机上計画による学制もそれの元凶でもあり,資本の論理と権力との癒着は産業予備軍を已の利益のためにのみ動員する。下位校に教育責任をもたせ,全国的卒業資格試験の合格者を,大学が受容すべき公的責任がある。情報化杜会の教育器材の活用,情報理論と技術の活用,学制の改革を行い,合理的な人材の組織,その他で,対応できる筈である。
     ラッセルは大学に,最高の職業訓練と純粋の学理究明との二つの役割を期待している。大学は特殊な能力者のための社会的特恵として,公費で養成されるべき所と彼は考える。大学の在り方として,原点に立って,改革される必要性が,(今日の科学技術の進歩に即応していない面だけからも)生れつつある。
     今日の大学批判はここではやめて,在日外国人大学教師が日本の大学の現実をどう観ているか,を伝えて共感と反省を呼ぶ記事を紹介しておく。
     「甘えの共同体に安住する教授と学生たち−−外国人教員のみた日本の大学」(喜多村和之『朝日ジヤーナル』80,2,22,vo1.22,No.7,p.92)

     むすび(生き方の変革を示竣する教育論)

     戦争に歓喜する光景から,人間の行動を貫く衝動を分析して,生物的本能の範囲を出ない衝動を,知的衝動により方向づけ,高次化させる方式を,ラッセルは教育の基盤に据えた。衝動は生命力の現れ故,抑制,禁止によって効果を収めることはできない故,方向づけにおいて個人,社会国家,世界の三次元に矛盾しない構想を立てた。個人の領域では,教育目標として理想像を,生命力,勇気,感受性,知性の調和発達した人間の中に見,本能・心意・精神の調和した'正気な人間'を期待した。社会の次元では,公正と福祉とを制度的に保証する社会への改造を,教育に適合する環境造りに不可分の条件とした。また,核時代の諸条件から,世界政府の'樹立'を必須と考えた。核禁運動の尖兵となったのはそこにあった。個人と社会(国家)と世界との領域のこの実現なくして教育は不完全である,と考えた。
     そして,平和自体も,イデオロギーのみ依拠する以外に人間が己に勝つ心,人間の己との超克への斗いから始まらねばならないという教育を説いた。これは自・他の壁を低くし,取り外すことに通づる。それは衝動人間が感覚反応に引きまわされ拘束されることからの解放であり,人間の真の自由への道と考えた。〔この点,仏陀やキリストの念願に通づるものがあるのではなかろうか。〕
     要するに,ラッセルの教育論は,人問の生命の現れである衝動の分析から出発し,生き方への適合方法として,衝動の高次化を指向する教育を,自・他の壁を外し,闘争から協力に向う生き方への変革の道としての教育を説いたと観てよいのではあるまいか。(終)


    [注]
    (1)『社会改造の原理』(1916)第五章「教育」
    (2)『バートランド・ラッセル自叙伝』第二巻「第一次大戦」
    (3) My Phi1osophical Deve1opment, 1959, p.33
    (4) Human Society in Ethics and Po1itics, 1954, p.160
    (5)〔3〕p.16 (6)〔4〕p.37 (7)〔3〕p.17 (8)〔2〕p.58 (9) Political Ideals, 1917, p.4
    (10) Bertrand Russe11 Speaks His Mind, 1960, p.43
    (11) Portraits from Memory, 1956, p.162
    (12) cf.(11), p.163
    (13)〔1〕p.66
    (14) [2〕p.247;
    (15) [4〕p.247;
    (16) [3〕p.107
    (17) Sceptical Essays, 1928, p.158;
    (18) [6〕p.159
    (19) [7〕p.113;〔2〕p.190
    (20)〔2〕p.41;〔1〕p.138
    (21)〔1〕p.48
    (22) [Unarmed Victcry, 1963, p.9〕
    (23) [2〕p.40
    (24) [1〕
    (25) [The Prob1em of China.1922〕
    (26) Has Man a Future?' 1961, p,50
    (27) New Hopes for a Changing Wor1d, 1953, p.112〕
    (28) Has Man a Future?, 1961, p.50〕
    (29) 社会思想社訳書 p.140
    (30)〔同上訳書 pp.P133〜134〕
    (31)〔朝日新聞 54.12.18 夕刊〕
    (32) [1980年代の社会病理を思う。−−特に青少年の非行について」,服部広子授(文学部),早稲田学報(1979.12月号〕
    (33) 54,10,27 朝日新聞「わかれ道」
    (34 )東大教育学部教授佐治守夫
    (35)54.10.27 朝日新聞, 山形県医師,宮本忠孝