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牧野力「明知・共感・勇気のひと−バートランド・ラッセル」
講談社版・人類の知的遺産v.66「ラッセル」月報n.23より(1980年2月)

* 牧野力氏(1909-1994)は当時、ラッセル協会常任理事


 この世界思想大系(松下注:講談社版・人類の知的遺産)にラッセルが選ばれたのは当然として、執筆を自然科学と社会科学に明るい市井三郎先生が担当されたのは嬉しい。本を手にする日を一日千秋のおもいで待った。いささか待ちくたびれた。しかし、今ここに『ラッセル』をひもとく日がきて有難い。八〇年代(=1980年代)に向けて歩き出し、生甲斐ある人生を模索する人々に正に干天の慈雨の観がある。
 百学の始祖アリストテレスを研究する英国の学会の会長*に推戴されただけあって、彼の六十余冊の著書の扱う範囲は広く、洞察も深い。専門である数理哲学や記号論理学を除いて、全著作の約三分の二を占める、彼の呼称によれば「大衆向け読み物(popular books)」、つまり、人間が生きることにかかわる知見を述べたものは、太い線に貫かれている。 (松下注:Aristotelian Society はアリストテレスを研究する学会ではなく、英国哲学会のこと)
 それは、自叙伝のまえがきに示唆されている。また、九十歳の誕生日であったか、その記者会見の時述べた言葉にも出ている。"オープンマインズ、オープンハーツ"(open minds, open hearts)である。〔知性の窓を広くひらき、迷信にとらわれず、情緒の窓を広く開けて、自他の壁をはずす、明知と共感、と解してよいのではあるまいか〕それに、彼は常に、勇気(courage)を加えるのである。
 この勇気こそ、公正を実践する母胎、祖母に培われた精神で、ラッセル法廷を開催させ、核禁デモ・坐り込みの先頭に立つ九十翁の面目につながるところであろう。これは、生れや育ちの良さが生む恐怖知らずの向う気の強さではなく、考え抜いた揚句の信念である。
 若い頃の著書に、『自由人の信仰』がある。晩年、テレビ対談で、「あの信念は今も変らない」と答えている。
 要約すると、人間の運命は、結局、地球と生死を共にする悲劇を背負う。他頼るべき者は不可知である。人間同士、この宇宙の暗闇の中で、有限・孤独な者同士、身を寄せ合い、手をつなぎ、助け合って、明知と共感と勇気で生き抜こう、との信念の表白である。彼はここから出発する。人間を悲劇的運命の仲間意識、ホントは喧嘩している余裕のない筈の仲間同士という根性に立っている。彼の人生論、世界平和論、社会主義論まで、この精神に裏打ちされる。
 太古以来、無防備の身を、自然と野獣の脅威から集団的協力で護って来た人間は、脅威が減ると、人間が人間を敵にする衝動にかられている。憎悪の哲学と戦略が体系化される。宗教は新しい衣裳に着換えた。そこで、人間性に内在する協力本能に人間の未来をかける発言が、原爆の出現に、大戦後目立ち、烈しくなる。明知と共感と勇気の必要を叫ぶ。
 彼の人生論や社会科学の領域の問題に深くかかわっているものに、人間の本能や衝動への洞察と対策とが潜在している。罪悪視せず、否定抑圧せず、生命の根源と認め、これらの両刃の剣となるものを知的に誘導する技能体系へと期待をかける。中でも重要なのは、権力衝動の分析と位置づけで、その対策こそ、社会科学の基本命題と説く。
 食欲と性欲には個人差もあり、限度もある。しかし、権力欲は限りなく人間を駆り立てる。万人生得のこの衝動は、千変万化の姿をとり、権力悪の源となり、ひと度握った権力は外から圧殺されない限り、絶対に手放さないという魔性をもつ。この対策は民主主義を拡充する以外に対応できない、と観る。英国の代議政治への不信感から、一九二〇年訪ソ、レーニンやトロツキーらと対談したのも、直接民主主義の現実的模索であった。
 体制打破に「憎悪」は有力でも、新社会建設には、権力の魔性の故に、弱い。彼は宇宙観から、「協力」の体制へと傾く。帰国後出版した本の中で、レーニンの功績と失敗とを検察官と弁護士との立場で詳記している。
 ブロ独裁(=プロレタリアート独裁)の掛け声の不毛性を解明し、労働者の自主管理方式を重視し、集権と分権とのそれぞれの効用と限界を識別した上で綜合化する明知を要請する。当時四面楚歌であった同書の所説は人間洞察の深さの故に、半世紀後、世界の現実によって検証され始めてきた。
 四面楚歌の彼は、招かれて、同年、北京大学客員教授を勤め、日本経由(慶大にて講演)帰国した。中国の将来を展望した彼の著書は、毛政権樹立後、彼の先見性を改めて世界に示した。彼は、社会主義中国に期待し、中ソ論争、文化革命、孔子批判の起りうる背景、「現代化」によりソ連の二の舞いを踏む分岐点にまで触れている。
 最後にひと言。彼は教条主義を嫌う合理的懐疑家である。ハムレットではない。左辺と右辺との等価均衡を求める数学者らしい思考性格をもつ。しかし、現実への対応から、二者択一を決断し、世間を驚かす。でも、彼の心中には、対立要素の位置付けを忘れず、全体像が必ず潜在する。そこから、是々非々論と先見性が生れ、読者をだまさないのである。(早稲田大学教授)