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日高一輝「最近のバートランド・ラッセル卿」

* 出典:『日本バートランド・ラッセル協会会報』第8号(1967年7月)pp.8-9.
* 日高一輝は当時、ラッセル協会常任理事

 今年(1967年)二月、渡英してまっすぐに訪れたのは、北ウェルズのペンリン・ダイドライス村(→ ペンドリン・ディドライス 参考:ウェールズの地名の読み方である。風光明媚なプラス・ペンリン(Plas Penrhyn)の人里離れた閑居で、バートランド・ラッセル卿にお会いするためである。
 二月ももう下旬というのに、北ウェルズの冬はなかなか去ろうとしない――零下数度の厳しい寒気が膚に痛かった。
 やや風邪ぎみでひきこもっておられた卿ではあるが、やさしく迎えてくれた。去年(1966年)の六月にロンドンでお目にかかったばかりなのに、いくぶん憔悴の色がみえて、ご老体を痛々しく感じた。ロンドンのハスカー・ストリート(43番地)のご自宅では、お一人でどんどん階段を上り下りされたり、ご自分でお茶をすすめてくれたり、冗談をとばして笑わせたり――とても溌剌としておられたし、マハトマ・ガンジー・ホールでの、ヴェトナム・ソリダリティ・キャンペーンの結成全国大会に臨んでは、颯爽として壇上に立ち、元気で万堂の会集に訴えておられたのであるが、ここでは声もややかすれて、時おり口に手をあてて咳を殺そうとするしぐさの見うけられる卿であった。お身体の不調もさることながら、やはり九十五才の老齢の周波(「年波」の誤植?)のしのびよる何かを感じさせるものがあった。

 いつもは、歩くときでも眼をまっすぐに向けているのに、このたびはすぐ視線を脚下におとされる――あしもとが気にかかるのである。いままではステッキも手にされないし、足のはこびに何らの不安をも感じさせなかったのが、こんどはすぐ手を手摺にかけたり、何かにつかまろうとする動作がみられる。
 視力も去年よりはだいぶ衰え、話す言葉も時おり聞きとれないぐらい舌のもつれが感じられる。
 それでも、義に強く情にもろい性格、負けじだましいの烈々たる気迫、パンクチュアルな生活態度――それにはすこしの変化もみられない。

 朝八時頃に起床されて、寝につくのが深夜一時頃――読書と執筆の日課もあいかわらず規律正しい。執筆はおもに書きかけの自叙伝第二巻の完成をいそがれるのと、あとは平和アピールのためのメッセージやエッセイ。読書は多くは東洋の思想に関するもの。
 時にクラシック音楽のレコードをたのしみ、時に庭におりてそぞろ歩きをされる。
 食事はやはり依然として固形物をさけて流動食が主である――胃の一部のわん曲が固くなっておられる。栄養食はほとんどスープにしてとるほかはない。それでも日に三度の食卓にはきちんとつかれて、気のおもむくままにウィスキーに手がのびる。食後のパイプは、ほんとうに楽しそうである。パイプの歴史もすでに七十六年――パイプの話になると卿は嬉しそうだ。ハイティーン時代にならいはじめたものである。おばあさんにひどく叱られたという。長生きして、人類のためになる仕事を沢山しようと思えば喫烟(=喫煙)はやめなさいと説教された。
「それでもわたしはいまに九十五才をかぞえる……どういうんでしょうね――これは・・・。」
といってニヤニヤして笑みをうかべる。皮肉屋の笑みがふと頬にうかぶ一瞬である。



 ふかく印象づけられたラッセル卿のお言葉のうちからその二、三を思い出すままに次にあげてみたい――アームチェアーに深ぶかと身体をしずめ、足をくまれ、パイプを手にして、ボソボソと語られたお言葉――しかしその内容は貴重な示唆に富み、そのまま人類に呼びかける警告でもあった…。
「わたしが信ずるのは'真理の探求'である。哲学はもちろんのこと、宗教の使命も、科学の任務もそこにあると思っている。
 今日の宗教界は、たがいに敵意をもやし、好戦的で、教団の経営企業に気をとられ、宣伝にうき身をやつす。経営維持のために入門者・信者の獲得に狂奔しなければならない……そこに堕落がはじまる。いまの宗教界には希望がもてない。また平和維持のための影響力にしても期待をもてるとは思えない。
 科学者は真理のみに奉仕すべきであって、殺人、壊滅、戦争に奉仕すべきではない。真理に反する行為と政策を平然とすすめている政府に奉仕すべきではない。
 ところが今日、科学者の大部分が政府のために働らき、そうすることによって生計をたてようとしているのではないか。そういう人たちが探求しているのは、口では真理の探求といいながら実際は「政府の真理」を探求しているにほかならない。
 わたしが真の科学者と思うのは、わたしの偉大な親友ライナス・ポーリング博士だ。」

「平和の世界、安定した世界への道を開くものは、世界政府の構想である。世界政府は、国連の誤りをくりかえしてはならない。すなわち(大国の)拒否権をなくして、世界議会にしなければいけないし、超国際的な世界警察軍をもたなければならない。軍縮は全面的、徹底的でなければならないし、核兵器は撤廃すべきである。相互査察も事前予告なしの完全なものでなければならない。それらにたいするわたしの回答は、一九六一年に書いた『人類に未来はあるか』(Has Man a Future?)である。」

の画像 「世界政府への歩みも、平和の促進も、それを大きく阻害しているのが米国だ。
 平和と、再建への誠意、解決を見出そうとする素朴な願いはどちらかというとソ連の方に見うけられる。
 世界のどこで発生した問題を扱うにしても、それは人類生存の共通の広場でのことであるから、人類全体の良識と誠意が参与するかたちで処理されなければならない。すなわち国際会議であり、国連である。
 自分が力をもっているからといってそれで片づけようとするのはいけない。
 すべて暴力によって欲望をとげようとすることは許されない。
 力づくで、領土をひろげ、資源をとり、相手を屈服させる、奴隷をつくる……これは許されない。自由諸国といいながら、後進民族の'自由'を侵害する……。これは'自由主義'といえない。(右イラスト出典:B. Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953.
 アメリカは、かつて'自由の国'として起ち上った。しかし今日、「自由主義はアメリカで死んでいる」
 ヴェトナムで米国が行なっていることは、人道と自由と平和の原則にそむいている。だからこそ、人類の良心と文明の立場から吟味しなければならないのである。
 いま米国がヴェトナムで行なっていると同じことが、米国の国土内で、その婦人や子供たちにたいして行なわれるとしたら、アメリカ人はいったいどう感ずるだろうか。」

「わたしは青年に学ぶことが多くなった。青年に頼る気持が強くなった。青年がわたしの希望だ。
 青年には嘘がない。純真だ。利害の打算にわざわいされない。'生命がけ'で当ってくれる。
 世界政府も、輝かしい文明も……人類の未来は青年のものだ。青年は生命そのものだ……生命の消滅は想像できない……青年は滅びない。」


ラッセル協会会報_第8号
 ラッセル卿の人気がイギリス民衆の間に意外に強いのを知って感を深くした。その思想大系を、それぞれ専門の立場から研究しようとする興味と価値は、専門の学者や一般識者の間に認められるのは当然のことであろうが、わたくしがイギリスの街頭で、このたび認識を新たにさせられたのは、若い人たちや婦人層や普通のサラリーマンやいわゆる大衆のあいだに根深く培われているバートランド・ラッセルヘの関心、尊敬、崇拝、愛である。
 CND(核兵器撤廃運動)にも、百人委員会にも、ヴェトナム・ソリダリティ・キャンペーンにも…すなわちラッセルの平和運動というものには、全然参加もしていない若い人たちや学生でわたくしの親しい連中が、ラッセルの著書を手にして歩いていたり、車中や歩道でラッセルを語りあったり、ラッセルを英国の誇りとするといって、眼を輝かしたりしているのを見た。ラッセル関係の運動組織のメンバーではないのに、ラッセル卿がトラファルガー広場にあらわれる、街頭行進に出る集会でスピーチをするといえば、誘いあって駆けつける。
 訪問先の家庭でも、ラッセルの思想と実践が話題になるかと思うと、その老体をいたわって、あまり周囲の人たちが引きまわすようなことをしなければいいが、といった言葉がで出る。
 ラッセルの著述をほとんど一手にひきうけて出版して、卿との間に特約関係のあるジョージ・アレン・アンド・アンウィン社(George & Allen Ltd.)で、『ラッセル自叙伝』(注:日高一輝訳の予定だったもの)その他の打ち合わせで語りあっている時、自然と話しが「ラッセルもの」の売れゆきの成績におよんだのであるが、社のスタッフのいうことによれば、ラッセルの著書は、一般に想像されているよりも売れゆぎが好調で、長つづきして総体的に成績は堅実であるという。
 英国人のじみなそして研究熱心な性格にもよることが多かろうとおもうが、ラッセル卿そのものの実力、人がら、業績のしからしむるところであることは否めない。


の画像  九十五年を生きぬいた一個の「人間」がそこにある。
 その泉からは、哲学も、数学も、記号論理学も、社会思想も、平和への実践も、人類への警告も・・・汲めども尽きず、権力も抑圧できず、自由に、噴流のごとく流れ出てきた。
 思想家で、学者で、評論家で、政治家で、平和運動家である。しかし現在、ラッセル卿が自らを意識し、そう熱望し、またそれを誇りとしているのは、「一個の Human Being(人間)として」ということである。人間性に生き、人間性を求め、人間性をこそ人類への遺産とされる。
 そこから自由のための叫びをあげ、平和のために思索し、人道のために一掬の涙をそそぎ――義憤に燃えたつのがバートランド・ラッセルの赤裸々な「人間像」である。
 ひとの思惑を気にかけず、権力におもねることをせず、信ずるとおりに、訴えたいとおりに発言する。幼な児のごとく素直であり、青年の如く果敢である。それだけにいうこと為すことに過激にわたることもあろう。それが誤解をうみ、批判の対象にされたりもする。しかし、ラッセルの真意と本質は決して見失われてはなるまい。
 英国人だからといって、白人のみの味方ではない。貴族だからといって下層階級の敵ではない。英国はもとより、アメリカをすら自由と人道にそむくといって批判するし、またつねに、労働者ならびに後進民族のために骨折っておられる。
 逆に、米を批判するからといって、反米や共産党員とは異なる(上イラスト出典:B. Russell's The Good Citizen's Alphabet, 1953.
 つまり、ラッセル発言の片言隻句をとらえて、偏よった品定めをしたり、偏よった利用のしかたをしてはならないと思う。
 ラッセル卿は、虚心になって、誠実をかたむけて、普通の立場から、研究し、理解されなければならない、巨大な、歴史的、世界的「人間峰」である。