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市井三郎「ゲルナー事件」
みすず書房版「ラッセル著作集・月報」より(1960年1月)


 一九三七年にB.ラッセルは、自分自身の「死亡記事(obituary)」を書いて(松下注:Allen & Unwin 社版等に1937年と書かれているための勘違いと思われる。実際は、 Listener, v.16(n.396): 12 Aug. 1936, p.289 に掲載)、「この記事は、悼まれはしたが遅きにすぎたわたしの死亡に際して、一九六二年六月一日に『ザ・タイムズ』紙に掲載されるであろう」、とオドケてみせた。その文体的カイギャクにもかかわらず、内容は当時のファシズム高潮時代に対する痛烈な風刺なのであったが、ここではやや軽い気持で、その「死亡記事」に補遺をつけてみることにしよう。
 というのも、彼が予言した自分の死期がもうあと一年半ばかりに迫ってきた(つまり彼が満九十歳に近づいてきた)今日このごろ、当の『ザ・タイムズ』紙(通称は「ロンドン・タイムズ」)の「読者の声」欄をめぐって、ラッセルがひと騒動を起してしまったからである。「死亡記事」にする前に、今までのところわたしに入手できた事実的ネタを、ごひろうしなければなるまい。
 同紙の一九五九年十一月五日号の投書欄に、ラッセルは次のような一文をのせた。
「拝啓、ゴランツ社は最近アーニスト・ゲルナー(1925〜1995)の著書『コトバと事物』(Words and Things)を出版しました。わたしはその本を出版前に読み、それが「ある種の」哲学学派を綿密に正確に分析したものとみなし、その見解を同書の序文に表明いたしました。今わたしの知ったところでは、『マインド』誌の編集長ライル教授はゴランツ社に手紙を書き、次のような理由でこの本の書評を『マインド』誌にのせることを拒否する、といってこられたのです。つまり同書が悪罵的であり、その故にアカデミックな主題への貢献として扱いかねる、という理由です。
 編集長の義務がこのように党派的に考えられていることは、ひどくショッキングなことです。哲学書の価値というものは、常に人によって意見が違う事柄ですから、ライル教授がこの本の評価についてわたしと意見を異にされても、わたしは驚きはしません。
 しかし『マインド』誌はこれまで、その創刊いらい終始、真剣で有能な哲学書のすべてについて討議するための、一つの論壇を呈供してきたのです。ゲルナー氏の本は、そこに検討されている諸見解に著者が同意していない、という意味を除いては『悪罵的』ではありません。ライル教授の諸見解を裏づけないような本が、もしすべて『マインド』の誌面からボイコットされるべきだとすれば、これまで尊敬されてきたその学界誌は、ある排他的派閥の仲間ボメのための機関誌に成り下るでありましょう。イギリス哲学の世評を気づかうすべての人々は、このことを遺憾とするでありましょう。敬具」
 このあとが大変だった。これを書くまでにわたしの見ることができた『ザ・タイムズ』紙の十一月二十日号まで、二週間余にわたってほとんど連日、同紙の投書欄には、この問題をめぐる激しい論争がまき起り、それには普通の市民から知名の人々までが参加してきたのだ。そのような反応の内容を若干紹介する前に、この事件にはやや注釈が要るようだ。
 それは、ゲルナー氏が自著で批判した「ある種の哲学学派」とラッセルがいっているのは、いまイギリス哲学界を風びする日常言語分析学派のことであり、ライル教授(オクスフォード大学)は自他ともに許す同学派の総すいでもあり、他方在野のラッセルは、分析哲学というより広い立場からはその学派と同一部類に属しながら、日常言語だけで分析を進めることには、つとに頑強な反対意見を表明してきたことである。
 さて当然のことながら、当のライル教授がまっさきに次のような釈明の一文を投書した。

 「…ラッセル伯爵が言及した著書の中には、誰だと推定することのできる多数の哲学教師に対して、やく百ヵ所も不誠実だとの非難がなされています。それらの非難のやく半分は、…頁と…頁の問に書かれている。敬具」

 という素気ない短文。

 それに即日喰いついた投書に、「正当な非難なら、書評拒否のまともな理由にならず、非難が不当なら、書評をのせることこそ非難を反駁する絶好の機会ではないか」、という一市民の声があり、同じオクスフォードでも古い世代に属する哲学者ミュア教授は、「まずまず自由だといえる社会では、禁令とかボイコットといったことは、良書と悪書とを問わずその普及を助長するもので、言語分析派の哲学者は長らく批判に対して自己免疫になっているから、〔ゲルナー氏の本を買いに〕本屋へかけつけもしないだろうが、彼らの学生たちはまちがいなくそうするだろう。大学図書館はすべて同書を二冊ずつ購入すべし」、とユーモアまじりに同僚(ライル)を当てつける始末。
 次いで当のゲルナー氏が投書していう。「『不誠実』の故に同学派を告発してはいない。内在的に逃避的であることを攻撃したわけで、意識的に不誠実であるのではない、とはっきりいってさえある。書評拒否によって逃避のうわ塗りをするな」(=要約)、という趣旨。さらに一市民が、「言語分析哲学者なる聖職者を非難することは死に値する罪だ、とでもいうような教条主義ではないか」と糾弾するにいたって、ライル派の青年哲学者が立っていう。「かつてニューマン博士は、次のような論難に直面した。すなわち、『ニューマンは真理が美徳ではないと教えている。彼はそんなことを教えていないと否定したが、そんな否定は当てにならない。なぜなら、真理〔を語ること〕は美徳でない、と教えている当人が否定しているんだから』と。ライルに対するゲルナーの論難は、まさにこの種のものだ」、と機微に触れた「言語分析的」弁護論の開陳なのだ。
 またケンブリッジ大学の知名の哲学者J・ウィズドムも投書を寄せ、「書評を拒否したのが正しかったか否かはわからぬが、とにかくライル教授が、自分の哲学に反対している故に該書の書評を拒否した、という言い方だけは誤まっている」と、人柄からする弁論を述べ、これには言譜分析派に反対の立揚のセント・アンドルーズ大学(英国ではセナンドルーズ大学と発音するが)学長、ライト博士も同調してくる。ところが言論と学問の自由を誇りとするこの国の論調は、いっこうに収まらないのである。
 女流経済学者として名高いジョーン・ロビンスンまでが一文を寄せ、「意識的であると否とを問わず、知的逃避ということがまったくないと、ライル教授はいいたいのか? 少なくともオクスフォードの哲学者の間にはない、といわれるのか? もしそうなら、理性ある議論と証拠への訴えを通じて、批判者に答えることの方が確かによいであろう」、という。またオクスフォード大学の一員は、「悪罵的という性質や不誠実だという非難は、ライル教授自身の著作の中にもある。〔精神というものが存在するという〕通常人の信念を、『機械に住む幽霊のドグマ』と呼んで悪罵したのはライルその人ではなかったか? しかもその著書は、哲学的古典とみなされて書評されたのだ。ライル教授の『マインド』の概念は、同誌の以前の編集長たちのそれと矛盾している」〔「マインドの概念」というのは、まさにその中で「幽霊のドグマ」という「悪罵」が放たれたところのライルの主著の表題であり、そのことにひっかけた巧妙なシャレなのだ〕と、ドライなユーモアが入っているだけに、その痛烈さは倍加してくるのである。ところが図書館に勤める一市民は、「自分はライル教授の哲学には反対であるが、編集長としての同教授が、『マインド』誌にいかなる著書の書評をのせるか否か、を裁決する絶対権をもつことは承認する。ただし法的な意味でそういうので、『絶対』とか『権利』という語を、たとえ言語分析派がモヤの中へ解消してしまおうとも、その法的な意味は花崗岩の如く強固に残るであろう」と、これまた心憎いまでの言辞を吐く。
 さて紙数もつきかけて、わたしはラッセルの擬作的死亡記事のあとへ、さらに擬作的に次の数行をつけ加えたくなるのである。つまり、

 「逝ける時代の最後の生存者だと彼は自分を考えていたが、死の直前、図らずも彼が起すことになったゲルナー事件は、最後の生存者がかならずしも単数ならざることを彼に想起せしめ、死の床の苦しみをわずかに救ったのである」 と。(終)