バートランド・ラッセルのポータルサイト



[質問]
 ラッセルは大正時代に日本を訪問したそうですが、何か関係資料があったら教えてください。


[回答]
 ラッセルのホームページの「ラッセル年譜」欄に書きましたように、ラッセルは、大正10年(1921)7月、当時の著名な出版社「改造社」(山本実彦社長)の招きに応じて、(中国から英国への帰途)来日しました。
 その時のラッセルの動静は、当時の読売新聞、朝日新聞他各紙に写真も含めて何回か掲載されています。また、雑誌『改造』には、ラッセルの来日の前後にかけて、ラッセルの論文(邦訳されたもの)が多数掲載されています。
 改造社が招いたわけですから、改造社にはラッセル来日時のいろいろな記録・資料があったものと思われますが、改造社は戦後まもなく倒産してしまいました。それゆえ、現在それらの資料がどうなってしまったかわかりません(追記:当時『改造』に寄稿していた文学者たちが改造社に送った原稿が大量に発見されたというニュースが、最近新聞に掲載されました。2007.04.07)
 また、慶応大学の大講堂(その後関東大震災で消失/下記写真参照)において、7月29日にラッセルの講演会が開催されましたが、その内容は、「文明の再建」というタイトルで雑誌『改造』(大正10年9月号=ただし、n.10)に掲載されています。講演会の会場の慶応大学大講堂は、改造社が慶応大学からかりたものですが、どいうわけか慶応の塾史の年表に掲載されていません。(多分「危険思想の持ち主」ということで、政府や大学首脳等の評判が悪かったためと推察しています。)
 ラッセルの来日については、山本実彦著『出版人の遺文』(栗田書店、1968年)や宮本盛太郎『来日したイギリス人−ウェッブ夫妻、L.ディキンソン、B.ラッセル−』(木鐸社、1989年)に詳しく書かれています。
 なお、ラッセル関係の日本語文献の詳細については、松下彰良編『バートランド・ラッセル書誌−第3版−』(国立国会図書館、都立中央図書館、東大、京大、早稲田大学、慶応大学、筑波大学等の図書館のレファレンスコーナーにあり)をごらんください。

戦前の慶應義塾大学大講堂の写真