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[質問]
 ラッセルは「共産主義が全世界を覆い尽くしても、人類が絶滅するよりはマシ」という意味のことを言ったそうですが、それはいつの事で、どの本に書かれているのでしょうか?(できたら英語の原文もお願いします)

[回答]
 「共産主義が全世界を覆い尽くしても、人類が絶滅するよりはマシ」といったスローガン(やキャッチフレーズ)を最初に言ったのはいつかということをピン・ポイントで特定することは難しいと思われます。そのような表現を発見してもそれが最初とは限りません。私もどこかでラッセルがそのような言葉を使っているのを複数回読んでいますが、今思い出せません。
 しかしラッセルのホームページのラッセル年譜をじっくり見ていただければ、いつ頃からそのようなことを言い始めたか、想像はできると思われます。

 以前、このML(ラッセルのメーリングリスト)にも書いたことがあると思いますが、ラッセルは「理論的な」「絶対」平和主義者であったことは一度もありません。第一次世界大戦の時は反戦運動で投獄されましたが、第二次世界大戦の時は、ヒットラーに対しては戦わなければならないと主張しました。戦後は、スターリンの圧政(1,000万人がシベリアで強制労働のため死亡といわれている。)に対しては戦わなければならないといい、「ほんの」一時期(1949年前後)、核兵器の拡散を阻止するためにソ連を原爆でおどかすような発言もしたと、指摘されています(本人は人に指摘されるまではそのようなことを言ったことを忘れていたと『自伝』で書いています。なお、アメリカに続いてソ連も原爆を保有するようになってからはそのような発言をしていません。)

 ラッセルのソ連に対する態度は、1953年3月5日、スターリンの死亡(葬儀委員長はフルシチョフ以後急速に変わっていきます。
 ラッセルがはっきり態度を変えた、というか「腹を決めた」のは、1954年3月1日のビキニにおける水爆実験がきっかけです。その年の12月23日には、BBCを通じて核兵器の禁止・廃止を世界に訴えた演説は大変有名です。(Portraits from Memory にも収録) この中では、「共産主義が全世界を覆い尽くしても、人類が絶滅するよりはマシ」という言葉は使っていませんが、そのような言葉を使っていなくてもすでにラッセルは、この言葉通りの考え方になっています。すなわち、理論的な絶対平和主義者ではなくても、「実質的な」「絶対」平和主義者になっていたといえます。

 なお、谷川徹三 氏(第2代ラッセル協会会長)は、「全体的破滅を避けるという目標は、他のあらゆる目標に優位せねばならない」 というスローガンに対し、「アインシュタインの原則」と命名しましたが、アインシュタインよりもラッセルの方が先に同様のことをいっていると思われます。
 ラッセル=アインシュタイン宣言(アインシュタインは死亡直前に署名:『ラッセル自伝』第3巻参照)も、ラッセルが草稿を執筆しアインシュタインに送ったものですが、(だいぶ前の)世界科学者会議会長の何とかという人は、思いこみからか、アインシュタインが書いたものとして、「アインシュタイン=ラッセル宣言」と表現していました。(注:ラッセルはアインシュタインをたてようとしていたので、アインシュタイン=ラッセル宣言となっていても不思議ではないと言う人もいます。ただし先に名前が来るほうがメインだという前提が必要ですが。)