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「バートランド・ラッセル著書解題」へのまえがき(松下彰良)

* 『バートランド・ラッセル著書解題』(アマゾン・インターナショナル、2014年7月刊)への「まえがき」からの転載です。

まえがき

 バートランド・ラッセル(Bertrand Russell, 1872.5.18-1970.2.2)が来日した大正時代と,ラッセルが反核運動を盛んに行っていた1960年代に,ラッセル・ブームが起こりました。今の若い人にとっては,あるいは50歳以前の日本人にとってはと言ったほうがよいかも知れませんが,そのようなブームが過去に起こったなどとは信じられない,また想像できないのではないでしょうか?


ラッセル著書解題
 今,大きな書店に行っても,あまりラッセルの本は置いてありません。今でもよく売れているのは,『幸福論』(岩波文庫),『哲学入門』(ちくま学芸文庫),『西洋哲学史』(みすず書房)の3点くらいでしょうか? 『教育論』,『結婚論』(いずれも岩波文庫),『人生についての断章』,『自伝的回想』,『神秘主義と論理』(いずれも,みすず書房),『怠惰への讃歌』(平凡社文庫),『論理的原子論の哲学』(ちくま学芸文庫)その他,も出されていますが,売れているとは言えないようです。研究書となるとずっと少なくなります。最近になって,『分析哲学の誕生-フレーゲ,ラッセル』,高村夏輝『ラッセルの哲学』(東大の学位論文),ミランダ・シーモア『オットリン・モレル-破天荒な生涯』(注:ラッセルとの恋愛が中心の700ページ以上の大冊)がだされており,救われる思いです。そのような状況ですので,当分の間,第3次ラッセル・ブームも起こりそうもありません。

 大正10年前後の第一次ラッセル・ブームの時には,ラッセルの著書の日本語訳や新聞・雑誌記事が非常にたくさんだされています。,松下彰良(編)『バートランド・ラッセル書誌-第3版』(私家版・20部限定,1985年)を大規模な図書館(国立国会図書館,都立中央図書館,東大・京大・早稲田・慶応などの大学図書館の参考室)でご覧になれば,実感していただけると思われます(時間のない方は Web 版をご覧ください。)。ラッセルが来日したのは,1921年7月17日から7月30日までのたったの2週間だけですが,新聞各紙が毎日その動静を伝えています。公共図書館では当時の新聞の画像データベースを所蔵していますので,「バートランド・ラッセル」で検索すれば容易に検索し,閲覧することができます(参考: 訪日時のラッセルの動静)。

 第二次ラッセル・ブームは,1960年代から1970年代前半に渡って起こりました。ラッセルの平和運動(特に核兵器撤廃のための運動)が世界的に報じられたのが影響していると思われますが,バートランド・ラッセル著作集(みすず書房)ほか,ラッセルの著書の日本語訳がたくさん出版されています。ラッセルの英文は名文として世界的に知られ,当時の大学入試の英語では,サマセット・モームとバートランド・ラッセルの英文が一番よく出題されています。従って,当時の大学受験生だったほとんどの方がラッセルという名前を知っており,一つや二つの英文を読んでいるはずです。ラッセルの入試問題だけを集めた受験参考書 (例:もりや・つとむ(編著) 『ラッセル予想問題と対策』(早稲田予備校,1969年)も出されたほどです(ちなみに,「もりや・つとむ」というのは,早稲田大学の牧野力教授のことです)。

 1960年代半ば(1965年1月20日)には,笠信太郎(朝日新聞論説主幹)を会長として,日本バートランド・ラッセル協会が設立され,1970年代始めまで,活発な活動を行いました。その活動期間中に,機関誌としてラッセル協会会報(全23号)が発行されました。ラッセル協会の事務局は創立時から牧野力氏(早稲田大学政経学部教授,1909-1994)が早稲田大学を定年退職されるまで,牧野研究室に置かれていました。牧野氏の定年退職に伴い,ラッセル協会関係資料を松下が引き継ぎ,ラッセル協会の残務処理(会報入手希望者への会報送付,ラッセル関係のあらゆる問い合わせへの回答など)を行ってきました。ラッセル協会は解散式をしていませんが,自然消滅しました。


ラッセル協会会報_創刊号
 これまで,購読者が少ないと予想されることから,『日本バートランド・ラッセル協会会報』を印刷本として再刊することは考えられませんでした。しかし,近年,電子書籍としてなら,個人でも容易に出版できるようになりましたので,このたび,会報の創刊号(1号)から終刊号(23号)まで,Amazonの電子書籍(いわゆる Kindle 本として刊行することができました。

 ラッセルの著作も書店にはあまり並んでおらずさびしい限りですが,大学図書館や大規模な公共図書館ではラッセル関係の図書を多数所蔵しています。それらを活用しない手はありません。ラッセルの著作はわかりやすいので手引は必要ないと思われるかもしれませんが,先入観をもって読む人が少なくなく,誤解や曲解する人も少なくありません(例:國分功一郎『暇と退屈の倫理学』におけるラッセルの誤読)。やはり,「読書の手引き」はあったほうがよいと思われます。ラッセル協会の会報自体には関心を持つひとが少ないとしても,その中に収録されているラッセルの著書の解題・紹介等は,非常に役立つはずです。しかし,解題・紹介だけを読むために,ラッセル協会会報を全て購入する気になれない人が少なくないのではないでしょうか。そう考えて、ラッセル協会会報に掲載されたそれらの解題等を1冊にまとめることにしました。ご購読いただければ幸いです。(松下彰良)